05
「あ!ねえねえそうだぁ抹本~!前から聞きたかったんだけどね~」
「う、うん?」
「……身長縮む薬とかってあるのかなぁ~って」
「身長……あ、えっと…3センチくらい?」
「よ…欲を言えば10センチくらい…」
「10センチかぁ…でもそうなると食事とか細かくしないと与えられないよね…えっと…」
「あっ待って10センチって縮む幅じゃなくて!?全長10センチメートルの生き物にする薬!?」
いやそうなるとその前に「3センチ?」って聞いたのどういうことなんだろう、身長3センチの自分に一体どうやってごはんくれるつもりだったんだろう。混乱しながらも身長10センチになってみんなの肩に乗ったりポケットに入ったりする自身を想像しながら、
は廊下を抹本の後について歩いていた。途中、抹本がそわそわおろおろした声で「それより…お、重くない?」と
を振り返る。
の腕の中には、抹本が実験に使う材料の入った段ボールが3つ重なっている。抹本が台車でも使って実験室へ運ぼうかと考えていたところに、偶然
が通りがかったのだ。それから、あれよあれよという間に、こういう状態になっている。
「運んでもらっちゃって…俺、やっぱりもうひと箱持った方が…」
「大丈夫だいじょーぶ!」
「うへぇ……あ、ありがと…
、力持ちだよね…」
「へっ?…えへっ!そんなことないよ~!でも今日は力出てるのかも!有り余ってる!今ならひょいひょいっと持てちゃう!絶好調の
ちゃんに遭遇してラッキーだったね抹本~!」
「う、うん?…でも俺一箱しか持ってないのに
三箱って…」
「いーのいーの!これたぶん一箱でも結構重いと思うし!」
「う、うん?え?でもそれならやっぱり三箱は無茶させてるんじゃ」
「おっと。それならおれも手伝おうか」
無理矢理縦に重ねて
が持っていた三箱の内、ひょい、と急に二箱が視界から消える。腕にかかる負荷も消える。
が首を捻ると、これまた偶然廊下を歩く二人に気付いて近寄ってきたのであろう、木舌の姿があった。きょとんとしている
ににっこり笑って、「というより、おれが代わろうか。
ちゃん」と残りの一箱も自分に持たせるよう促す。
「ええっ!大丈夫だよ木舌くん!?今日の私はストロング
だよ~!」
「ははは、たしかになんでも軽々持ち上げられそうな格好良い名前だね」
「え~手伝ってくれてありがとう。けどこの一箱は渡せないな~!最初に抹本に手伝うって言ったのは私なので!」
「なるほど。大事な任務を丸々取り上げてしまうのもお節介かな」
「任務完了したら褒めてね!ね~~っ抹本!」
「へあっ!?あ、う、うん、助かってるよ…木舌もありがとう」
きっと運び終わったら「褒めて褒めて!」とせがむんだろうなあ、すごく想像つくなあ、と抹本は思う。自分よりだいぶ高い位置にある彼女の頭に手を伸ばして「お礼」を伝えることは珍しくない。こちらが撫でづらそうにすると彼女の方からしゃがんでくれるけれど、そうするとちょっとお互い複雑な気持ちになるので、できればそんな気を遣わせることなく撫でてあげたいものだ。抹本は、結局二箱を抱えてにこにこ自分のすぐそばをついてくる木舌を見上げる。さらにその横でにこにこしている
を見上げる。
「木舌と
は少し似てるよね…仲も良いし…」
「えへへ~似て…に、似てる!?(縦の長さが!?)」
「ひえっ!?ごめん…!?」
「ははあ、おれは光栄だなあ。
ちゃんは可愛い妹みたいなものだし」
「妹…!でもそうだねえ、木舌くんは優しくしてくれるお兄ちゃんみたいな感じだからね~」
先日上司に言われた「犬」「娘」に続いて、「妹」という単語も、なかなかに
の中では「ちっちゃい」を連想させる嬉しいワードらしい。目に見えて機嫌が良くなる。実際、前々からわりと木舌にはなついている。周囲の獄卒の中でも一人だけ「くん」付けなのも、確かに「お兄さん」扱いの表れだ。背も自分より高い。上司二人や木舌と話すときの目線が、
にとっては少し特別なものだった。できれば今後とも背を追い抜かずこのままの距離を保ちたい。木舌も木舌で、彼女のことを「ちゃん」付けするのは「そういう扱い」を彼女が気に入っていることになんとなく気付いているからだ。
のんびりとした二人を小柄な抹本がおどおど率いながら、もうすぐ実験室へ到着という時に、不意に彼ら三人を呼び止める声が後ろから届く。実際呼ばれたのはそのうちの一人の名前だけだったが、三人そろって足をとめた。
「木舌。こんなところにいたのか」
「やあ、谷裂。おれを探していたのかい?悪いね」
「肋角さんから俺とお前に呼び出しだ。さっさと来い」
「了解。ああ、でもこの荷物だけとりあえず…」
「あ!いいよいいよ!私持ってくから!早く行ってきな~!」
ひょいと自分の持っていた箱を傾けて、「手に持ってるそれをこの上に乗せて」と促す
に、木舌が「いやあでも」と少し困ったように笑う。谷裂はそのやりとりを見て、現状を把握したようだった。渋る木舌に、
が「ええ、でも本当、ええっと」と言葉に悩む。それを見かねたように、谷裂が二人の間に入った。
の顔を、何かを見定めるようにじいっと見つめる。それに
が少しきょとんとして身を引こうとすると、一言いった。
「持てるのか」
「え…うん!平気!」
「ならこいつに持たせればいいだろう。木舌」
「いやあ、はは…でも…」
「大丈夫大丈夫!どんどん乗っけちゃって!早く早く、肋角さん待たせちゃいけないし!」
谷裂が木舌の持っていた荷物を取り上げると、そのまま
の箱の上におろした。木舌は、「あ」という顔をするし、抹本は、「ひえっ」という顔をするけれど、谷裂と
はなんてことのない平気な様子だ。よろめく様子も、無理をしているふうにも見えない。ただ本当におつかいで買うものを一つ追加で指示されたくらいの気軽さで、「おっけー」と三箱の荷物を抱えて歩き出した。その様子に、木舌も何か「なるほど」と気付いたように、それ以上は「でもやっぱり自分が」とは言いださなかった。
「じゃあ、頼むよ。最後まで手伝えなくてごめんよ、二人とも」
「気にしすぎだよ~!ねっ抹本!」
「え、あ、うぅん……
が平気なら…」
「いってらっしゃ~い」
ゆるい見送りの言葉に軽く手を上げて、木舌が谷裂と来た道を戻っていく。「じゃあいこっか」と
は
で抹本を促した。「本当に重くない?」と心配そうに聞かれながらも、
はへらりと笑っている。
「良い子だなあ、
ちゃん。谷裂もそう思うだろう?」
「……フン。あいつを甘やかしすぎだ。お前も、他の連中も」
「そうかい?」
「あの荷物も、本人が持てると言ったのならさっさと渡せ。何を躊躇することがある」
「うーん。たとえ本人がそう言っていても、それが正解じゃないかもしれない場面もあるからね」
「そういう扱い」で喜ぶことを知っている木舌にとって、たとえ本人が「任せてくれていい」と言ってもやんわりと断ることが正解かもしれない、と考えたのだ。そもそもそんな反応の予想を抜きにして、女の子に重いものを持たせるのも、という気遣いがある。直接そう口にしなくても、木舌の場合は自然とそう思う。しかしそれでもあっさり食い下がったのは、「どうしよう、本当に任せてくれていいのにな」と思っていることを察したからだ。あのまま「いいよ、おれが持ってくから」と
の申し出を断っていた場合、おそらく彼女は喜ぶどころか困惑していただろう。難しいなあ、とのんびり木舌が口にする。完全に甘やかされたいわけでもないのだ、あの子は。
(けど、おれより先に谷裂が気付いたなあ。無理してるわけじゃなく、この子なら本当に大丈夫だ、って)
「いやあしかし、あの子のことはつい褒めてあげたくなるね。こっちの一言でそんなに頑張れるなら、って。言った側も悪い気はしない。谷裂もたまには…」
「くだらん」
「あいつの、そういうところが気に入らない」谷裂が、木舌になんか目もくれず、自分の進む先だけを真っ直ぐに睨みながら呟く。そんな様子に、何か考えるように沈黙した後、木舌は言う。少し、不思議そうな声を出して。
「おれが思うに…谷裂が嫌うのは、駄々をこねたり理由をつけたりして、『やらない子』だと思ったけど。違うかい?」
「……」
「あの子は『褒められなくちゃやらない子』じゃなく、『褒められたくてやる子』だろう?谷裂がそこまで嫌うような相手じゃないと思うなあ」
あくまでのんびりと、やんわりと。諭すように「お兄さん」だ。木舌の言葉に、谷裂がじろりと視線をやっとそちらに向けた。対する木舌は、その視線に応えるよう、いつも通りのにっこり顔だ。
「それが、『違う』んだろう」
そう呟く谷裂の声は、忌々しいというよりは、歯痒く思うような、そんな声だった。木舌が首を傾けるより先に、谷裂はもうこれ以上話すことはないというように廊下を歩く足を速める。それを追いかけながら、木舌はまたのんびり思う。難しいなあ、と。
→