03
「田噛~!平腹~!!聞いてよぅ~!!」
茶碗と箸を持ちながら、食事の席で
が言う。一緒に朝食をとっていた平腹と田噛に話を聞いてもらおうとするも、田噛はあくびばかりであまり話を真面目に聞こうとはしていないし、平腹は箸を進めるのに夢中で聞いていないようだった。それでも、そんなことに構ってはいられず吐き出したくてたまらなかったのか、
は話し始める。
「昨日の任務ね、すっごく大変だったんだよ!亡者さん、すっごーく暴れまわるひとで!そこらじゅうのものぎったんばったん壊したり倒したりして!結局その片付けもついでにやってから帰ったからもうくったくたでね!」
「…ふあ~……あ?ああ、そーかよ。ご苦労さん」
「えへーありがと!そうそう、頑張ったんだよ~!」
「……」
「
ー、醤油取って!」
「はーい」
「サンキュー!」
「は?お前今の話アレで終わりかよ」
「えっ!?」
目をぱちくりさせて驚く
に、田噛がじとっと眉根を寄せた。しかし彼女の表情に「本当に話の続きは無いんだな」ということを読み取ると、呆れたように息を吐いて、のそのそと食事に戻る。
は
で、何故田噛に「それで話終わりか」と突っ込まれたのかよく分かっていない様子で、困惑していた。
「え!?ごめん、そんなに話の内容なかった!?でも『お疲れ様ー』って言ってくれれば満足っていうか」
「…ま、長々と話聞かされてもめんどくせぇか。ただ褒めればいいんだから単純で楽だな」
「ほ?何なに?オレも言っとく?」
「言ってほしーい!元気でるう」
「オイ平腹待て」
「(すうう…)
ーーーーー!!!お疲れぇーーー!!!!」
食堂中に響き渡る大音量での全力の労いの言葉。寝起きの頭には響きすぎるその迷惑な声と、口に物を含んで飲み込む前の状態で言ったので飛んできた米粒に、平腹の向かいに座っていた田噛が一瞬で不機嫌になりテーブルの下で平腹の足を思い切り蹴った。「いってえ!!」抗議の声が上がる横で、
は嬉しそうに頬を緩ませていた。頭空っぽのバカばっかりか、と胸の内だけで田噛が毒づくところへ、ひとりの人物が三人のテーブルに近付いてきた。足音でさえその機嫌を表しているようで、田噛は第二の脅威に備えるように耳を塞ぐ。
「煩いぞ、平腹!!飯くらい黙って食えんのか!!」
「あー…お前もうるせーよ、谷裂」
「なーんだよー!だってさー、
が言ってほしそうだったしさー」
「何?…
、お前か。この馬鹿者に大声を出させたのは」
「えっ!?え、え!?私!?う、う~~…あながち間違いでもないような~…?」
べつに一言も「大声で頼む」なんて指示は出していないが、間接的に自分のせいで平腹が怒られているような気がしてきた
は、曖昧に視線を泳がせて指先を擦り合わせた。その煮え切らない返事に、谷裂はジィッと
の顔を見る。下手に言い訳もできず、少し誤魔化すように
がへらっと笑ってみせると、谷裂はいつものように小さく鼻を鳴らして、こう言った。
「またいつもの『褒めてくれ』か。くだらん」
「…、なっ、なあ~~っ!?」
これには、
もさすがに黙ってはいられず、反論しようとする。するものの、だ。うまい言葉が出てこず、「なっ」とか「そっ」とか何かを言いかけては最初の一文字以降は発せられない。「くだらなくなんかないよ!」と言いたいけれど、「谷裂にとってはたしかにくだらないかもしれないけど!」と相手の言い分も認めた方がいい気もする。そんな妙な気の遣い方を頭の中でしていると、言葉が出てこないのだ。それと、勢いで椅子から立ち上がるなりなんなりすればよかったものを、完全にタイミングを失って、ただ言葉に悩んで返事ができないだけの光景になってしまっている。自分は怒ったぞ、という意思表示もできていない気がする。谷裂は一応しばらく返答を待ってくれていたが、結局田噛が助け船に似たツッコミを入れて、話が進む。
「つーかお前、髪に米粒ついてんぞ」
「ええ!?どこ!?頭!?なんで!?」
「そのバカが大声出したときに飛び散っただろ。きたねー」
「やべーな、
!どんな食い方したら頭に米粒つくんだよー!バカじゃん!」
「うぎゃー!!取ってよおー!!」
「ほー?ドコ?なくね?ねーよ?」
「取ってたがみ~~!!」
「は?めんどくせえ。谷裂、取ってやれよ」
平腹と
は並んで席に着き、食卓を挟んで平腹の正面が田噛だ。たしかに田噛の位置から身を乗り出して髪に触れることは彼にとって面倒だった。そして隣の席という近い距離に座っている平腹が取ってやれないと言う。ならば残るは、彼らのテーブルに注意をしにやってきていた、椅子に座っているわけではない谷裂しか任せられる者はいない。田噛の言葉に、思い切り「は?」と声に出した谷裂を、
がこわごわと見つめる。さっき自分の生きがいを「くだらん」と吐き捨てた相手だが、もうそんなことは構っていられない。口元を情けなくへの字にして見つめてくる
に、谷裂が焦れるように舌打ちをして、無骨な手が髪に触れた。指先で少し髪をつまめば済むものを、谷裂はそうしない。大雑把に髪束を掴んだあと、くいと少し上へ引きあげながら、毛先まで指を滑らせた。
「と、とれた?取れた? はあ~~助かったよ~…」
ほっとした顔でおしぼりを差し出してくる
に、谷裂は黙る。黙ったまま、その差し出されたおしぼりを受け取って、手を拭いて、思う。「こいつ、さっきまで自分に腹を立てていたことをもう忘れたな」と。事実そうだった。何か一つ良いことやリセットできるきっかけがあれば、
の中であまり怒りの感情は持続しない。今の
の中ではすっかり谷裂は「意地悪を言ったひと」ではなく、「米粒を取ってくれたひと」だ。その証拠に、またへらっと頬を緩めて「ありがとぉ」と口にする。そのゆるい笑顔に、毒気を抜かれるような気持ちになって、谷裂はふいっと顔を逸らした。
「これしきのことで情けなく騒ぐな。食事中くらい問題を起こすなよ、お前達」
「えぇー!?お、おかしくない?いまのって『どういたしまして』って言えばいいところだよね!?」
「…米粒飛ばされたら一番うるさく怒鳴りそうなのはアイツだしな」
「おばちゃーん!おかわり!」
「はぁーい」
テーブルを離れた谷裂と入れ替わりに、キリカがやってくる。三人の会話に、ついでに首を突っ込んだ。
「谷裂、『どういたしまして』も言わないけどさ、やっぱり褒めてもくれないしさ~」
「あら、
ちゃん。お年頃の男の子は照れ屋さんなのよ~?言葉足らずでも大目に見てあげなさいな」
「え~、でもでもキリカさぁん!
は褒められてぐーんと伸びる子なんですー!」
「あー…たしかに伸びるな。縦に」
「!!! ひ、」
「縦なー!いいよなー!オレも背ェ抜かされたんじゃね?こいつ足5メートルあんじゃね?なんでデケーの?牛乳飲む?」
「ひどーーい!!ひどいよねえ!?キリカさん!!」
「うーん、そうねえ。こっちの二人は言葉足らずではなさそうねぇ」
む、と口を尖らせて、べえっ、と舌を出して。気を取り直して
は朝食の残りを口に運んだ。食べながら、ふと、「褒めてくれない」谷裂に、髪を触られた感触を思い出す。褒められてはいないけど、ちょっとナデナデされた気分にはなれたかも?と。ガサツなようで、意外と優しく気遣って髪を触ってくれたような気がした。
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