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「わ~ん斬島~~!佐疫~~!!慰めてよぅー!!」

 ぱたぱたと背後から走ってきた人物に、呼ばれた男二人が振り返る。「わーん」と泣きついてくる女に対し、二人の反応は「またいつものか」という程度で、深刻に心配する様子はない。斬島と顔を見合わせ、代表するように佐疫がつとめて優しく「なあに?どうしたの?」と子供を相手にするように尋ねた。労うようにこれまた優しく頭をぽんぽんとたたく。こうしておくと、彼女の機嫌の直りは早いのだ。潤んだ瞳で二人を見つめて、しおらしく「あのねぇ…」と甘ったるい声を出す、彼女の。

「今日新しいお仕事の用の靴おろしたのに雨だったからしょんぼりだったし、湿気のせいで前髪が可愛くならなくて悲しくて」
「うん、そっか。ちょっと憂鬱になっちゃうよね。そういう日もあるよ」
「でもそれでも頑張ってお仕事はこなしたの!ぐちゃぐちゃな地面走り回って亡者さんどかーんと捕まえたし、報告書もさらさらーっと書けちゃったし!私えらいと思わない!?」
「そうか。えらいぞ」
「ありがとぉ~!私、褒めて伸びる子なんだよ~!…なのにさあ、谷裂がねえ!?」
「あはは…また『褒めてくれなかった』?」
「そう!そうなの!」

 詰め寄るような勢いに、佐疫が苦い笑みを浮かべて少し身を後ろへ逸らした。自分たちと同じ仕事をこなす同僚であるの困ったところは、これだ。自分は「褒めてすっごく伸びる子」と普段から豪語し、ひとつ仕事を片付けるたび、身近な人物に「褒めて!」と尻尾を振って労いを求めるのだ。それは同僚の自分たちであったり、娘のように接してくれる上司にであったり、相手を選ばない。具体的な言葉が欲しいだの、そんなこだわりはなく、ただ「よくやった」と一言いわれれば満足する。佐疫ならば「微笑ましいものだ」と済ませ、斬島であれば「よくわからないがそれで気が済むなら」と流されてやる。他の同僚たちも、「面倒だが褒めないともっと面倒だから適当に相手してやる」、「深く考えずとりあえず求められるまま褒める」と内心どうであれ、対応する。
 ただひとり、谷裂を除いては。

「一緒の任務が谷裂だったの!私がどろんこで汚れてびえーってしててもお構いなしで、それどころか『ちんたらするな!』って怒ったんだよ~!?でもその後私ちゃんと踏ん張って最後までやり遂げたのに!『やったよー!谷裂ー!私やったよー!』って駆けよったら、ふん…って。『べつに普通だろ』みたいな!『当然だろ』みたいな!ねえ!?」
「あー…うーん。谷裂らしいといえば谷裂らしいね、それは」
「その帰りもね、『予定より遅くなったからさっさと帰るぞ』って!疲れてるのに走って帰るって!途中、『もう走れないよ~』って言っても『黙って走れ』って!」
「それは酷いことなのか?普段の谷裂だと思うが」
「もうちょっと周りに優しくしてくれてもよくないかなあ!?」
「あはは……残念だけど、谷裂に褒めてもらうのはちょっと難しいんじゃないかな」
「ええー…別に全力じゃなくてもいいんだよ?『お前にしては』とか『まあまあよくやったな』とかでいいのに…」
「あ、それでいいんだ……でも谷裂、自分に厳しいけど他人にも同じように厳しいところがあるから。自分にとって当たり前にできることで他人を褒めたりしない気がする」

 眉を下げて困ったように笑う佐疫の言葉に、が口を尖らせて、肩を落とす。たしかに、そういわれるとたしかに彼はそういう男だと理解できる。理解は、できる。けれど、あまり納得はいかないものだ。拗ねたような口ぶりで、は言う。

「それじゃあ、谷裂の『頑張り』の基準ってぜんぶ自分ってことじゃんかぁ。そんなの、みんなが谷裂みたいに頑張れるわけないんだから……無理だよ~…」
「うん…まあ、あんまりがっかりしないで。が今日一日頑張ったことに変わりはないんだから。谷裂の分まで俺たちが労うよ。お疲れ様」

 よしよし、と決まった流れのように、慣れた様子で佐疫がの頭を撫でる。へらりと嬉しそうに笑って、次には斬島の顔を窺った。促されたことに気付き、斬島もぽんぽんと二度髪に触れる。それだけで満足し、彼女は軽い足取りで「ありがとう~!」と礼を口にしながら、食堂の方へ向かっていった。その背中を見送って、佐疫が苦笑しつつも「元気になってよかった」と呟く。そしてふと、隣で不思議そうな様子で同じくを見送っていた親友に気付き、声を掛けた。

「どうかした?」
「いや…少し疑問に思った。自分より背の低い俺たちに頭を撫でられることに違和感はないんだろうか?あまり良い気分になるとは思えないんだが」
「あー……斬島。それ、本人に言ったらダメだよ?周りの女の子よりちょっと背が大きいの、彼女気にしてるんだから」