※「愛なんかみえないってゆってた」のつづき




 脱ぎ散らかした服、床に落ちてる漫画本、大事か大事じゃないか分からない紙束、出しっぱなしのゲーム機、飲みかけのペットボトル、お菓子の袋。蹴っ飛ばしてしまったまま直してないのか横倒しになっているゴミ箱からゴミがこぼれている。私は平腹の部屋の入り口で、しばらく突っ立っていた。部屋のこの有り様を見渡し、溜息を吐く。やがてどたどたと足音が私のすぐ後ろまでやってきて、私の名前を呼んだ。

ー!ゴミ袋もらってきた!」
「…有り難う」
「ん!……ん?なんで突っ立ってんの?中入んねーの?」
「ああ、うん…入るけど。平腹、いっつもどこで生活してるの?」
「んー…ここらへんのもの適当に蹴っ飛ばせば寝れんじゃね?」

 そう言って、私の近くの床に転がっていたものを足でどかす。ああ、なるほど。そうやって生活するのか。納得して頷いて、とりあえず、空けてくれた床のスペースにしゃがみこむ。明らかなゴミ…使ったティッシュや空っぽのお菓子の袋などをつまみ上げてゴミ袋に放り込んでいく。丸まった紙屑もたぶんゴミだと思いたいけど、一度開いて本当に捨てていいものか確認して捨てる。私の横にしゃがんできた平腹が、じーっとしばらく私の行動を観察し、その後真似るようにそこらへんのものをゴミ袋に突っ込んでいく。
 館内で大掃除をしよう、という話になったとき、まず「平腹の部屋をどうにかしろ」と声が上がった。自室の掃除は各自がやればいいという流れだったのに、絶対平腹の部屋は平腹一人じゃ無理だ、どうせろくに綺麗にしないまま「おわった!」と言うに違いない、誰か一緒にやってやれ、と。半ば罰ゲームのような形で押し付けられた私が、こうして手伝いに来ている。

「平腹、ゲームソフトが落ちてる。どこに置いたらいい?」
「ほ?…お?…あーっ!これすげー探してたんだよなー!なくしたやつ!すげー!!よく見っけたなー!」
「はあ。よかったね」
「あー、これどこまでクリアしたっけかなー。ボス倒したっけかなー……オレちょっとこれやってくるわ!」
「え、それはダメ!」
「エッ?なんで?」
「いや、だってまだ掃除途中だし…」
「え~!ちょっとだけじゃん?ダメ?」
「だめだってば」
「え~~~……」
「えぇ……終わったらやっていいよ…」
「ん~…んー……ま、いっか!よっしゃー!掃除終わらすぞー!」
「あ、いいんだ…」

 話も聞かずにゲームを起動し始めるかと思ったので、そこは素直に聞いてくれることに多少驚きつつ、助かった。さっきよりもゴミ袋にそこらへんのものを入れるスピードが上がった平腹は、なんだかもうなんでもかんでもとりあえず投げ入れてる感じだった。本当に捨てていいものかちゃんと確認してから捨ててほしいんだけど。それでまたあとでアレ無くしたコレどっかいったーって言われても、ちょっと困る。はあ、と溜息吐いて、近くにあった漫画本を拾い上げる。横で平腹が「あ!」って声を上げた。そっちに顔を向ける。

「なあなあ!これのじゃね?」
「……え?」

 平腹にずいっと差し出されたのは、一本のペン。たしかに、見覚えのあるもの。

「これさー、なんだっけ。なんか肋角さんに話聞いてるときにさー、忘れないように書いとけよーって言われて、んで、『オレ今ペン持ってねーや』って言ったら、が一本貸してくれたんだよなー」
「……そうだっけ。言われてみればそんなこと、あったような…なかったような」
「あった!あったんだって!」

 なんでか平腹が、楽しいことみたいにそうやって話す。べつに、些細なことだし、楽しいことってわけでもない。なんで、忘れっぽい平腹がそんなことを覚えているのか、ちょっと不思議だった。ふうん、と私は相槌を打って、平腹の手の中にあるそのペンを見る。特別お気に入りだったわけでもない、仕事用のシンプルなペンだ。何本か無くしたって替えはきくし、平腹に貸して返ってこなかったことすら私は忘れていた。

「まあ、べつに返さなくていいし、そのままあげる。あ、いいや。要らなかったら捨てようよ」

 そのための掃除だ。要らないものは、捨てる。事実さっきから平腹はなんでもかんでもゴミ袋に投げ入れていたし、そのペンは部屋のゴミの中から見つけたものだ。使ってなかったってことだし、要らないものってことだ。私はゴミ袋のくちを開けて、平腹の方へ向ける。だけど平腹はそれをきょとんと見つめて、ペンを私から遠ざけるように隠して、「捨てねーし!」って言った。

「捨てないの?」
「だって今オレのになったじゃん!」

 意外だ。部屋が片付かないひとって、ただなんでもかんでも散らかしてしまうか、いらないものを捨てるのもったいないって手放せないか、どっちかで、平腹は単純に前者なだけだと思ってた。捨ててしまえって言ったら、捨てられるものだと。

「いらないものとっておくといつまでも片付かないんだよ、平腹」
「いるんだっつの!」
「あ、そう……ああでもそうやってとりあえずポケットにしまわないで。洗濯物に混ざったら怒られるよ」
「捨てんなよー、これ!」
「分かったから。この部屋、ペン立てとか…ないよね。いやどっかに埋まってたりするのかな…わかるところに置いといて」

 平腹が自室で机に向かうイメージがない。まあ、他にペンが無いなら確かに捨てないで取っておいた方がいいかもしれない。その後もせっせと物を捨てたり整頓したりして、ちょっとずつ床が見える部分を増やしていく。着た後なのか洗濯後なのか分からない服を畳みながら、ぼんやり、思ったことを呟いた。

「でも、とっておきたいものがあるって、悪いことばっかりじゃないんだろうね」
「んー?んー、そーだなー。の部屋なんもねーもんなー」

 そう、私が平腹の部屋の片づけに駆り出されたのは、それが理由だ。「の部屋は掃除に時間かからないだろうし、他人の掃除を手伝う余裕があるだろう」って。べつに、極度の綺麗好きというわけでもなく、ただ散らかすほどのモノに溢れていなかった。いらなくなったものを捨てるときに躊躇いが生まれるようなこともあんまりない。捨てるのに迷うものがあったならそれは確かに迷うほどのものなんだろうけど、そうなること自体が少ない。捨てるものは捨てる、捨てないものは捨てない。それだけなのに物が少ないってことは、つまり、物にあまり執着心がないってことなんだろうけど。

の部屋つまんなくねえ?いっつも何してんの?寝てんの?」
「うーん…本とか読んでるよ。でも図書室で借りる本がほとんどだし…」
「ふーん。ゲーム貸してやる?」
「えぇ…うーん……まあ確かに物寂しい部屋なのかもしれないけど…それなら何か飾るとか……あ、そうだ。平腹に貰った花は飾ったよ」

 私の言葉に、平腹が目をぱちくりさせる。まさか忘れているわけではないだろうけど。押し付けるみたいに手渡された、花のこと。きょとんとしていた平腹の表情が、徐々に明るく、期待に満ちたものになっていく。それに、あっ、と私は気持ちが後ずさる。しまった、と少し後悔する。そういうつもりで言ったんじゃなかった。そんなふうに喜ばせて、期待させてしまうなんて、思ってなかった。

「なんで?なんで?オレに貰ったから?」
「…平腹」
「オレのこと好きになったから?」

 前のめりに、ぐっと平腹の顔が近づく。思わず床に手をついて、私は体を後ろに傾ける。「…ごめん、ちがうよ、平腹」口にしながら、頭の隅で、ああそうか、と一つ気付く。自惚れであったら恥ずかしいけど、平腹が私のペンを捨てなかった理由。気づいてしまったからこそ、自分との違いに、じくじくもやもや胸の中が重たくなる。

「なーんだ、ちげーのかぁ」
「だって……飾ったけど、私、枯れたら捨てると思う」
「ん?」
「たぶん、簡単に、捨てられるんだと思う。ごめん」

 平腹が、またきょとんとする。首を傾げて。

「枯れたら捨てていいんじゃね?なんで?捨てねーの?」

 なんだか、さっきとは違う、重たさ。体の中に鉛を詰められたような気持ちになる。平腹の言葉で。ぴりっと何かが千切れるような、ひびを入れられたような気持ちにもなる。わかってないくせに、またあの言葉を口にしそうになった。「そんなのが『好き』なわけないじゃないか」って。
 好き、なら、なんだって嬉しいんじゃないのか。些細な優しさをずっと覚えていたり大事にしたりするんじゃないのか。そうじゃなきゃ、だめなんじゃないのか。「好き」って、そういうもののはずじゃないのか。だけど平腹は「捨ててもいいじゃん」と言った。自分のことは棚に上げて、私は、その言葉に反発したくなる。「好き」がどんなものかきちんとは知らないくせに、自分の中の想像を壊されるのが嫌だった。自分の中で綺麗に形ができあがっているものと思っていたい。これが正解なはずだって思っていたい。なんてわがままに、自己嫌悪する。

「……捨てたくない、って思いたい」

 簡単に捨てられるんだったら、そんなのきっと、「好き」じゃない。やっぱり平腹だってわかってない。平腹は私のことを「好き」じゃない。……なんで平腹の答えを、悲しく思ってしまうんだろう。まるで、平腹が私に向ける「好き」を信じていたかったのに、みたいな、勝手さがある。

「だってさあ、また新しい花飾ればいいだろ?」
「…、…え」
「捨てたら、また別の花いれられんじゃん?オレとってくるし!そしたら今度こそお前オレのこと好きになるかもしんねーじゃん。花、でっけーほうがいい?」

 言葉に詰まる私の顔を平腹が覗き込んで、不思議そうに見てくる。自分がどんな表情を浮かべているかは分からなかったけど、少し俯いて隠した。今度は胸が苦しくなる。鉛ではなくて、なんだかもっと膨れた風船でも詰められたような苦しさ。わかんないな、やっぱりわかんないよ。平腹の答えが、正解なのか不正解なのか、わからない。私にはやっぱり。それでも、間違ってなかったらいいと思ってる自分がいる。勝手だな。だけど、それでも。

「……平腹、掃除続けよう」
「ん!おお!終わったら花とってきてやる?」
「終わったらゲームじゃなかったの」
「ん?そうだっけ?…あー!そっか!、ゲームやる?」
「うーん…まあ、終わったら」
「終わらすぞー!!」

 それでも、きっと平腹なら、枯れてもそのままにしておくんだ。それが、忘れてたとか、面倒でそのままにしておいたとか、そんな理由だったとしても。すぐに「いらない」って捨てることはしないんだ。そんな気がするから。本当は私もそんなふうになりたかった。だけどなれなくてもいいんだって言ってくれた。平腹は、きっとたしかに、教えてくれた。「好き」を、いつも。



理由の欠片をひとつ下さい