兎にまつわる???/抹本

「ぜーったいちがうわ!ウサギの足にはバネが入ってるからぴょんぴょん跳ねるの!」
「ち、ちがうよぉ…!ウサギは後ろ足が発達してるからこうやって……」
「それに羽が生えてるの!だからすごくとぶの!一羽、二羽って数えるし!」
「そこのお二人、院内ではお静かに」

 病院内でワアワア騒いでいる声に、看護婦長である水銀が無表情のまま苛立ち、注意をする。騒ぎの犯人は、ここにやってくる特務室の獄卒の少年と、ここの入院患者である少女だ。婦長に注意されて大人しくなるどころか、二人はぐるんと首を回してそちらを見ると、水銀までも巻き込んで、さらに話を続けようとする。

「ウサギは二足歩行よね!それで、人間の女の子に追いかけまわされるの!」
「ち、ちがっ、ちがうってば……!あの、この子本物のウサギを見たことないって、でも俺がウサギの生態説明しても信じてくれなくて……」
「おや。何やら騒がしいと思えば、君達か」
「先生!先生はウサギを食べちゃうのよね!お砂糖をかけて丸呑み!」
「ひえぇ……あ、あの、俺、ウサギつかまえて連れてくる、から……図鑑見せても俺の話、聞いてくれないし……やっぱり実際に見て説明した方が……」
「あら。病院に無関係な兎を持ち込む気ですの?」
「えっ、あ、うぇ、きょ、許可……」
「兎を持ち込む許可でいいのかね?」
「ど、動物園!動物園でウサギが触れるんだって!私聞いたわ!」

 言われて、きょとんとした抹本が少女の方へ視線を向ける。興奮気味に肩を上げて、じっと抹本を見ていた。その瞳が訴えてくるものが何なのか、抹本は今一度考えた。

「……が……外出許可、を……この子の……」
「恐らく来週には『イルカは空を飛ぶに決まってる』だのと言い出して毒虫さんと水族館に行こうとしますわね」
「ふむ。随分と回りくどいデートの誘いだ。普通に『動物園に一緒に行きたい』と言えばいいものを」






うさぎと犬/平腹

「いいなあ……抹本くん、今度動物園にウサギを見に行くんだって……」
「お! ウサギ?お前ウサギ好きなの?」
「う、うん。可愛くって……えへ、好き、だな。いいなあ……ウサギ、触れるんだって、動物園……」
「ふーん。べつに動物園じゃなくてもいるんじゃね?ウサギ!」
「あ……野ウサギってこと?たしかに……」
「オレもウサギ食いてー!探すか!食おうぜ!お前ウサギ好きなんだもんな!」
「!!!!!?」

 自分の提案に顔面蒼白になった相手を、平腹はキョトリとした顔で覗き込む。元々、小柄な見た目ぴったりに小心者で臆病で、平腹の言動の勢いによく縮み上がっているけれど、今回は特に。大好きな小動物の無残な姿を想像し、食べるという行為も想像し、がたがたと震えてすっかり怯えていた。それをじいっと、平腹は見つめる。

「……お前、ウサギっぽい? 食うと美味い?」

 その瞬間、転がるように平腹の前から女は逃げ出した。それはもう野生の動物のように、身の危険を察知した。今までにない逃げ足で、平腹からどんどん遠ざかる。「聞いただけじゃん!食わねーし!」平腹が大声でその背中に呼びかけても、相手は戻って来てはくれない。「……逃げんのはえーな。ウサギに似てんだな」そう呟いた後、意気揚々と平腹は駆け出した。すっかり小さくなった背中めがけて。偶然近くにいた谷裂の横を猟犬のように通り過ぎて行った。

「おい平腹!どこへ行く!」
「ウサギ狩り!」





うさぎはかわいい/谷裂

「特務室内で誰が一番ウサギに似てるか選手権が開催されているなら谷裂くん、エントリーするべきだよ」
「何の話だお前はいつもいつもくだらんことを……」
「私はいつでも本気だよ。さっき肋角さんにも話したんだ。肋角さんもウサギに似てますよねって」
「何…?貴様……肋角さんを愚弄するなら容赦はしな、」
「赤い目のウサギさんもいるし、そもそもウサギってすごいんだよね。非力に見えるかもしれないけど、耳がいいし歯も立派だし視野も広い、脚力にも優れ、野生では多くの敵に囲まれても生き残るためにあらゆる努力をして、繁殖力が高いことからその種を途絶えさせないぞ仲間を守るぞという生命力に溢れている。本当に尊敬できる強い生き物で」
「……、……そうか。それは……そうだな」
「うん。だから谷裂くんもウサギに似てると思うんだよね」
「……まあ、悪い気は」
「だからこのウサ耳をつけよう!ぴったり!絶対似合うかわいい!」

 どこからか取り出したグレーのウサギの耳のついた被り物を相手が頭上に取り付けようとするが、谷裂はそれを素早く叩き落とした。結局それか。油断も隙もない。いや油断した、大人しく話を聞いてしまった自分が馬鹿だった。せっかく用意したウサ耳を雑に扱われて、しゅんとしている女を睨む。

「うっうっ……いいよ、自分でつけるから……よいしょ」
「……、……、……おい」
「ん?(ぴょこぴょこ)」
「……やめろ、つけるな。いや、つけたままこっちを見るな」
「なんで?(ぴょこぴょこ)なんでコレつけたら目を合わせてくれないの?」
「煩い。いいから外せ!」





うさぎとかめ/田噛

「ハァ……めんどくせー。まだ片付けあんのかよ」
「でもここで最後だよ!災藤さんからの頼みだし、しっかりやろ!」
「あー。まあ、そうか。ここで最後ならいいか。寝れるな」
「えっ!?寝るの!?」
「パッとやったらすぐだろ。早く終わりすぎたらまた追加で頼まれるかもしんねーからな。程よく休んでから仕事する。その方が賢い」
「はぇー……なるほど。あ、でも私やると遅いから……私は休んでる暇ないかも……私はこっちの方ちまちま進めとくね」

 そう言って、適当な場所で寝る体勢になった田噛に構わず、彼女は作業を進めた。とはいえ、本当に、見るからに要領が悪い。寝ようとしたものの、しばらく経って田噛は薄目を開け、彼女の様子を窺った。うーんと首を傾げながら一つ一つを片付けていた。

「……おい。俺がやればすぐなんだからお前も休んでいいだろ」
「えっ?いやあ、そういうわけには。私とろいけど、ちょっとずつやればもしかしたら、田噛が寝てるうちに終わるかもしれないし……がんばるね。田噛は休んでていいよぉ」
「……」

 とろい。それは誰が見ても明らかだ。恐らく田噛が寝て30分後に起きたって、一瞬で巻き返せるほどの作業スピードだ。田噛は呆れの溜息を吐いてから、もう一度目を閉じる。自分が寝ている間も、こいつはのろまに、誰も監視していないのに全く休まず手を抜かずコツコツ、仕事をするのだろう。

「……『うさぎとかめ』の話って最後サボって寝てたウサギ負けんのか?」
「えぇ?んーと……そうかも?ふふ、田噛はうさぎさんの方?でも大丈夫だよぉ。かけっこじゃないから勝ち負けないもん。終わったら一緒に報告行こうね」

 なるほど。サボっている自分と、サボらずこつこつ仕事しているコイツとで、同じ評価をもらえるらしい。同じ労いと、同じ報酬。ばかだな。要領悪すぎるな。損ばっかしてんな。この亀は。

「あー……俺もやる。パッと終わらせんぞ」
「あ、ありがとう、うさぎさん……?」
「誰がだよ」





うさぎのプレゼント/木舌

「あ、これ……」

 ちょっぴり目を輝かせ、かわいい、と口にしかけて、ハッとしたように手を引っ込める。彼女のそんな様子を、もちろん見逃すことなく木舌は見ていた。手を伸ばそうとしていたのは、実用品の並ぶ店の棚の一角にあった、ウサギの絵の入ったコップだ。

「これかい?本当だ。可愛いね」
「ち、違うの。ただ、最近特務室でウサギの話がよく出るでしょ。それで、あっと思っただけ」
「そうなんだ。おれはすごく可愛いと思ったけどな」
「そりゃあ、すごく可愛いんだけど……」

 すぐ隣にやってきて、その桃色のうさぎのコップを手に取る木舌を、横目でじっと見る。その、何かを窺うような、身構えるような視線に、木舌ははて、と首を傾げた。にこやかに。

「気に入ったなら、買って帰……」
「ストップ!そう言うと思ったのっ!」
「おや、残念。嫌がられるとはなぁ」
「前から思ってたけど、木舌は私を甘やかしすぎなのよ!言っておくけどね、恋人になんでもかんでも一方的に尽くして贈り物をして当たり前だっていう考えはよくないと思うわ!」
「……なるほど」
「そういう、あげて当然じゃなくて……私だって木舌にもっと何かしたいっていうか……あっ!」

 そう言って、コップとは別の、可愛らしい箸が並んでいる棚へ移動する。小さくウサギの柄が入っている、色違いの箸がセットで置かれていた。

「可愛い……うん、ねえ、二つセットみたい。木舌はどう?」
「ああ、こっちもすごく可愛いね」
「わ、私この青い方を木舌にプレゼントしたいから、二人で買わない?キリカさんに言って、ご飯のとき使わせてもらって……」
「……ははあ。みんなの前でお揃いを使うのも、なかなか嬉しくていいね」

 えっ、と声が跳ねた。にこにこ、木舌は笑顔を絶やさない。「お箸は、二本で一組だから、寄り添って仲睦まじい夫婦の象徴ともいうね」「えっ」「ウサギっていうのも子孫繁栄のご利益があって仲睦まじい夫婦にはぴったりだって言われているらしいからなあ」「えっ、えっ!?なっ、うっ、なんで『仲睦まじい』をそんなに強調するのよ!!やっぱり違うのにするっ!待って!木舌!木舌っ!」










ウサギさんこちら/佐疫

「ハイこれ、抹本から動物園のお土産。今手が空かないみたいだから、代わりに俺がみんなに配ってるんだ」
「わ!やった~!あはは、そっか!噂のデート昨日だったんだっけ。えー、かわいいクッキー!食べるのもったいないな~」

 可愛らしい入れ物に入ったクッキーを受け取って、微笑ましい気持ちで手の中で眺める。みんなに配る係を買って出て、その責務を果たして回っている佐疫も、ご機嫌な彼女の様子に目を細めて笑った。

「ウサギの絵柄のクッキーなの?これ」
「あ、うん。ウサギを見に行くのが目的だったらしいから」
「あはは、ゾウとかキリンとかじゃなくてウサギなんだもんねえ」
「うん、誘われたときの話聞いたけど、面白い子だよね。どうしても抹本と遊びに行きたかったんだろうな、って。でもすごく楽しかったみたいだよ、抹本も」
「へえ~……そっか、うん、いいね」

 抹本から聞いた話を思い出して、佐疫は口元を緩ませていた。彼女の方もそれに最初は同じく微笑ましい気持ちになっていたものの、少しずつ表情がぎこちなくなる。モヤッ、というか、ぐぬぬ、というか。なんだか、悶々としてくる。抹本がデートを楽しんだらしい、という話題。うらやましい。正直。佐疫はそう思わないんだろうか。だって自分と佐疫は、最近休みがあまり被らなくて、デートらしいデートに行けていない。……なんか、寂しいじゃないか、すごく。

「どうかした?」
「……ど、どうって……やっぱりデート、とか、そういう、遊ぶの大事っていうか……」
「うん?」
「…………う、うさぎは、寂しいとしんじゃうらしい」
「えっ?」
「……ピョン…………」

 佐疫が、数秒固まった。ぴょん、とか言ってしまったことに対して顔を真っ赤にしている相手の反応に、じわじわ意味を理解して、佐疫も顔を赤くした。でもそこまでやらせてしまって、ちゃんと言葉にしないわけにはいかなかった。「……今度一緒に俺たちも動物園、行く?最近デートできなくて、俺も、寂しかったから……」「……ぴょ、ピョンは?」「言わないよ!?」





兎に関する迷信/斬島

「ウサギは寂しいと死ぬらしいぞ!お前は大丈夫か?」

 そう言って部屋に入ってきた斬島に、眉を顰める。「え、なに?私がウサギってこと?ごめん、何も言ってる意味がわかんない」恋人にそんな微妙な顔をされても、斬島はめげず、気にせず、気づかず、真剣な眼差しで話を続けた。

「死んでないな。よかった」
「え、私ウサギじゃないし……獄卒死なないし……」
「ああ、確かに獄卒は死なないとされてはいるが……寂しいと死ぬウサギがいるくらいだからな。もしかしたら獄卒も寂しいと死んでしまうかもしれない。前例がまだ無いだけで」

 曇りなき瞳で斬島から真剣にそう言われて、それまでの微妙な顔も引っ込んだ。ふむ、と小さく頷いて、真面目な表情で斬島と見つめ合う。興味深い、面白い仮説だ。首を斬られても、心臓を抉られても、きっと死なない獄卒が、もしかしたら、寂しいと死んでしまうのかもしれない、なんて。自分たちに、唯一の、そんな死があるかもしれないなんて。

「俺はお前がいる限り寂しくはならないが……」

 かっこつけることも気負うこともなく、当たり前みたいに斬島が零した。だから、言われた相手は笑ってしまう。眉をハの字にして、困った人だなあ、愛おしい人だなあ、みたいな笑い方だ。

「私もそうだよ。斬島がいる限り寂しくならないから。だからやっぱり、獄卒って死なないんじゃない?」
「……そうか」
「うん」
「確かに。ウサギより強いな。ウサギじゃなくてよかった」

 ああ本当、ウサギじゃなくってよかった!そのまま二人は、ぎゅっと抱きしめ合ったとさ。