猫だった日
「谷裂、谷裂!私ね、前世っていうか、生前?は、猫だったと思うのよ!」私がちょっと興奮気味に、前のめりにそう言うと、谷裂は「ハァ?」の顔で眉間に皺を寄せる。猫!猫だってば!と言いながら、私は館に迷い込んだ白い猫の頭を撫でる。そう、何の気なしに猫を撫でていて、ふと思い出した。あとで谷裂に話そうって思っていて、すっかり忘れていた。
「だって私、よく夢に見るの。自分が猫になってる夢!」
「……」
「すっごく鮮明によ?リアリティあるのよ!きっと実際体験した過去に違いないわ、ってくらい」
頭を撫でられている猫は機嫌良さそうにすり寄ってくる。頭の次は首元を撫でてあげると、目を細めて気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。それを見ていてもやっぱり、夢の内容を思い出す。わかる、わかるわその気持ち。撫でられると嬉しくて、心地よくって、もっと撫でてほしくって。
「私きっと幸せな猫だったのよ。可愛がられてた気がする。すごく優しく頭を撫でてくれる誰かの手をね、いつも夢の中で見るの」
「くだらん」
「え~?……まあ、谷裂はそうか。獄卒になる前のことあんまり興味なさそうだもんねえ」
恐らく私の言葉を肯定しているのであろう「フン」という鼻の鳴らし方をして、谷裂はただ腕を組んで私と猫を見下ろしている。私は猫を撫でるためにしゃがんでいるので、はるか頭上から谷裂の視線が降ってくる。冷たくはない視線だ。興味なさげにそっぽを向くのではなく、ただ、私と猫をじっと見ているようだった。やけに、じいっと。
あ、と私は一つひらめいて、猫を腕に抱いてその場から立ち上がる。立ってからでも背の高い谷裂とは少し目線の高さが合わないが、それをお構いなしにずいっと猫を谷裂の顔の前に近付けた。私の代わりに、猫が谷裂と目線を合わせる。谷裂は少し眉を顰めて、なんだ、と不機嫌そうに口にした。
「谷裂も撫でなよ」
「断る」
「駄目。撫でないと駄目。撫でてくれなきゃここで大声で泣き喚く」
「意味がわからん……」
私が折れないことを悟ったか、しばらくして谷裂が大袈裟な溜息とともに、猫へ腕を伸ばす。無骨な、大きな手のひらは意外にも優しく猫の頭に置かれた。そのまま、やわやわとその毛並みをなぞるように撫でる。そんな様子を、私はまばたきの回数を増やしながらぽかんと見守った。谷裂は何も言わない。無言のまま、ただその手で猫を撫でる。ひ弱そうな小動物とはアンバランスな、でもなんだか不思議と馴染むような、その図。
「……谷裂」
「なんだ。貴様の言う通り触ってやったんだ。もういいだろう」
「今思い返してみれば……猫になる夢見るのって谷裂と寝た日ばっかだ」
「……………」
「すっごい優しく誰かに頭撫でてもらって、きもちいな~嬉しいな~しあわせだな~ってなる夢なんだけど」
「……」
「谷裂って私が寝てるとき頭撫で、」
「黙れ!!俺は部屋に戻る!!」
「えっ!!なんでよー!!じゃあ私も戻るよ!!一緒に今日寝ようよ確かめるから!ちょっと待ってよ~」