「谷裂くん!谷裂くん!聞いて!というか見て!谷裂くん!」
「煩い、静かにしろ!騒がなくても貴様の喧しい声は嫌でも耳に入る、」
「見て!谷裂くん!谷裂くんだよ!!」
「…………何?」

 言っている意味が分からず、眉を顰めて声の主を見ると、が奇妙な物をこちらに突き付けていた。視界に入れたところで、相手の言っている意味は全く理解できない。何か、小さい人形のような物を手のひらにのせている。虎のような、熊のような、どちらにも見える奇妙な造形だ。の手元をじっと睨む。この距離でいくら目を凝らしたところで、疑問は解決されなかった。ただ、やけに自慢気に、誇らしげに、俺にそれを見せびらかしていることは分かる。仕方なく、不本意だが俺は「なんだそれは」と質問した。

「谷裂くんだよ」
「……」
「よく見て!ここに眉毛と目と口があるの。キリッ!キュッ!ってしてるでしょ」
「……」
「谷裂くんだよ!」
「俺に分かるように説明できんのかお前は!!」

 普段から話が通じる相手だと思って接しているわけではないがこういうときのはますます意味が分からず、埒が明かない。多少は話を聞いてやろうとしていたが、話の通じなさにすぐに我慢の限界に達した。決して自分が短気だなんだというわけではない。目の前のこいつの説明が下手すぎる。俺に襟首を掴まれてもただただ機嫌良さそうにへらりと笑って、何度も同じ言葉を繰り返す、こいつが。

「えへえへ、谷裂くんなんだよ~!」
「この……」
「ははは、まあまあ。出かけ先でその小さい置物を見つけて、えらく気に入ってしまったみたいでね。買って帰ってからこの通りご機嫌なのさ」

 もう一人、この場でへらへらと笑っている男が間に割って入る。木舌の説明に付け加えるように、またが言う。「だってほら!谷裂くんだもん!」

「……待て。何故そこで俺の名前が出てくる」
「その目つき悪いかわいくねー見た目が谷裂にそっくりで気に入ったんだと」
「おい」
「なんでそんなこと言うの田噛くんよく見て!!こんなに可愛いんだよ!!?この目とこの口元の曲がり具合とこの」
「あーーーめんどくせーーー」

 田噛の言葉に瞬時に反応して詰め寄ったに、面倒そうな様子で田噛は耳を塞ぐ。はしつこく何かべらべらと力説しているが、俺は俺でますます眉間に皺が寄った。先ほどが見せてきた置物の造形……と顔を改めて頭の中で浮かべる。しばらく考えた。……似てるのか?いや、万が一似ているとして……どこが「可愛い」なのかさっぱりだ。田噛の言うように、目つきは鋭く、到底そこらの女の言う「可愛い」の基準には満たないだろう。

「うーん。『もしかしてには自分が本来とは違う見た目に見えているのか?そうじゃなきゃ可愛いなんて思うはずないしな』と少し思っていたのにどうやら普通に見えているのにその上でやっぱり『可愛い』と認識されていることを改めて知って何とも言えない気持ちになった……って感じかな」
「やめろ冷静に分析するな木舌」

 元々、俺に向かってそんな言葉を吐くぐらいなのでの感性が壊滅的にずれていることはわかっていたが。可愛げのない動物の置物を大事そうに嬉しそうに周りに見せびらかしているをじっと睨む。ふと、そんな視線に気づいたのかこちらを向いたが、声高らかに宣言した。

「私はこの小さい谷裂くんをこれからずっと大切に大切に可愛がっていこうと思う」
「……いや待て、勝手に俺として扱うなこちらの迷惑を考えろ!!」
「今日からずっと一緒……さあ谷裂くん一緒にプリンを食べようね。一緒にお風呂に入り一緒に眠ろう!」
「やめろ!!」
「む、どうした?今廊下まで声が聞こえたんだが、谷裂とは今日から同衾するのか。仲が良いんだな」










「えへへ、かわいいねえたにざきくん……花壇を背景に撮るたにざきくんの写真、めちゃくちゃにかわいい」
「やあ、今日も仲良しだね。最近、任務にも『たにざきくん』と一緒に行っているんだって?」
「そう、そうなんだよ木舌くん。一人の任務のときもたにざきくんがついているととっても頑張れちゃうのですよ」
「へえ。それはいいなあ。おれも何かお供に持っていけるもの探そうかなあ」

「……お前達、わざと俺に聞こえるように言っているだろう」
「そんなことはないさ」
「谷裂くんも触る?撫でる?」
「誰が撫でるか!!」





「最近ちゃん、いつもそれ机に置いてご飯食べてるわねえ。箸置き?」
「キリカさん、これはたにざきくんです」
「あら~、そうだったの。随分ちっちゃくなっちゃったのねぇ。ご飯食べられるのかしら」
「あっ違いますキリカさん、谷裂がこの姿にされているわけではなくて……」
「今はまだ食事は覚えていませんがいずれ食事もおぼえます。ねったにざきくん」

「谷裂、そういらいらするな」
「アイツからあの我楽多を取り上げろ今すぐ」
「え、えぇ……たぶん取り上げたら泣いちゃうよぉ……すごく気に入ってるから……」










「まあまあ、谷裂。結果的には悪い話じゃないと思うよ。あの置物が身代わりになってくれていると思えば」

 あの日から、は宣言通り四六時中その我楽多と過ごしていた。飽きもせず、毎日。どこへ行くにも。何をするにも。毎日毎日、小さな「それ」に勝手に自分の名前を付けられて幼児のようなままごと遊びを見せられることの何が「悪くない」なのか。廊下を歩きながら後ろの木舌を首だけで振り返って睨むが、怯みもせず笑ったまま、奴は続ける。

「谷裂自身が、前みたいに彼女に引っ付かれたり、傍で騒がれたりすることは減ったみたいだし」
「何も変わらん。目の届くところで煩くされるのには変わりないからな」
「そうかい?彼女なりの遠慮なのかな、とおれは思ったんだけど」
「遠慮だと?」
「この間言っていたよ。小さい『たにざきくん』を可愛がることで、谷裂本人に構いたくなるのを少しずつ我慢できるようになった、ってね」
「……」
「あの子は確かに自由奔放なところはあるけど……谷裂の嫌がることや迷惑になることをするのは本意ではないんじゃないかな」
「今まで散々俺が叱ろうが怒鳴ろうが引っ付くのをやめなかった女だぞ。今更……」
「今更かもしれないけど、何か思うところがあって控えるようになったのなら、谷裂としても助かるだろう?」
「……」

 たしかに、以前よりも自分の身の回りは静かになった。俺を見つけてうるさく名前を呼びながら駆け寄ってくることはない。俺の行動一つ一つに喧しく「可愛い」を投げてくることもない。その代わりに、木舌いわく俺の「身代わり」が、今までの俺のように四六時中「可愛い」を投げかけられている。いつもは俺に向けられていたものが。――それが、なりの遠慮だと?気遣いだと?心を改めた結果だと? 納得がいかずに、俺は鼻で笑い、「馬鹿馬鹿しい」と声に出した。

「あれは俺に対する遠慮などではないだろう。そんなしおらしい奴ではない。単純で馬鹿だ。騒ぐ対象を、俺でなくあの玩具に移しただけというわけだ。あいつは遊び騒げればなんでもいいんだろう」
「そうだね。彼女にとって同じ『可愛い』なのかもしれない。谷裂も、あの置物も。彼女にとって『可愛いもの』なら、騒ぐ対象は谷裂じゃなくても、似たような何かでいいわけだ」
「……」
「そこが面白くなくて腹を立てているように見えるよ」
「……なんだと?」
「いやあ、おれの勘違いなら気にしないで。ああ、そういえば執務室に用事があったんだ。また後で、谷裂」

 そう言ってさっさと俺の前から消えた木舌に舌打ちし、俺は部屋へ戻ろうとした。廊下を歩く歩幅も大きくなる。くだらない、おかしなことを。俺が腹を立てているのは、が俺の名前を使ってくだらない遊びをすることが迷惑で、ただそれだけだ。
 部屋へ戻る途中、ふと談話室の扉の前で足が止まった。中を覗く。ソファーで横になってが昼寝をしている。すぐ傍の机の上に、すっかり見慣れた「それ」が置いてあった。

「……おい、
「ん……むにゃ……」
「おい」
「んん……たにざきくん……?」

 どっちだ。
 寝言に返事をする気はなかったが、寝ぼけたが、目も開けずに手探りで机の上を確かめたのを見て、探し物が「それ」だとわかる。馬鹿馬鹿しい、と思いながらも、俺は部屋に足を踏み入れ、の向かいの椅子に腰を下ろし、机の上の小さい虎だか熊を手に取った。探し物を見失い、の手が机の上の何もない場所を何度か叩く。やがてはっと目を開いて体を起こしたかと思うと、机の上を見、その後俺の方へ視線を向けた。

「谷裂くん!!」
「……」
「あ、あれ!?……たにざきくん!?返して!?私はそれがないと……」
「無いと、なんだ」
「え、ええと」
「『可愛い』だのなんだのと四六時中何かに騒いでいないとお前は死ぬのか。どうせ大した意味もなく、何でもいいから手近なものに対し騒いでいるだけだろう。この不細工な熊の何がいいんだ」
「え、それ猫だよ!」
「知るか!猫には見えん!!」
「ええ!?っていうか、なんでもいいわけじゃないよ!かわいいからだよ!谷裂くんにそっくりだからかわいいの!谷裂くんだよ~!」
「なら俺に言えばいいだろう!」
「えっ」

 唐突に、あまりにも驚きすぎて逆に冷静になったような声をが発した。そこで自分も冷静になった。俺は振り上げかけていた猫の置物を机の上に大げさな音を立てて置いた。

「違う。今のは忘れろ……あの阿呆が余計なことを吹き込んだせいで……!」
「え……え?」
「忘れろと言っている!」

 わけの分からないことを口走る自分自身に呆れた。いや、直前に木舌が妙なことを言うからだ。この馬鹿が、俺に「可愛い」を言うことを我慢しているだの、遠慮しているだの。それを思うと、妙に納得がいかず、何か言ってやろう言ってやろうとは思ったが、思った末の台詞が、これでは。こんな言い方ではまるで、本当に、自分が構われなくなったことに腹を立てているように聞こえる。
 この場をどうしてやろうか、思い切り殴ればの記憶は飛ぶだろうか、いやこいつのことだから効果はないのだろう、と我ながら意味のないことを考えた。その間にもの方まで「この場をどう取り繕えばいいのだろうか」という顔をし始める。

「だって……だってね、谷裂くん、私谷裂くんが可愛くて仕方なくて、谷裂くんのことを考えるとところかまわず『かわいい!』って言いたくなっちゃうんだよ。谷裂くんがいなくて寂しいときもこれがあれば寂しくないし、谷裂くん本体にかける迷惑も減るし、何より本当にこれ谷裂くんそっくりで可愛いし、本当に本当にお気に入りなんだけど……」
「迷惑だと自覚があったとは驚きだが」
「でも、あのね、谷裂くんにそっくりだからかわいいんだよ?可愛いから谷裂くんみたいじゃなくて、谷裂くんみたいだからかわいい。谷裂くんのほうが先っていうか、上っていうか……」
「……」
「た……谷裂くんのほうがかわいいよ!!」

 机を飛び越えて、こちらの椅子に倒れこんでくる。というより、俺に抱き着いてきた。それを反射的に拒もうと腕で押しのける。揉み合った際に机がガタンと揺れて、猫の置物が床に落ちた。はっとしてがそれを見る。すぐさま手を伸ばしたが、それを拾うことは叶わなかった。
 俺がその腕を掴んだからだ。

「た、にざきくん……」
「拾うな」
「へっ」
「…………今は、拾わなくてもいいだろう」
「かっ、」
「……」
「かわ、いい……?」
「…なんだその疑問形は」
「だ、だって谷裂くん……、…顔が赤くてかわいい……」
「……お前こそ、」
「えっ!!?」
「……違う!!顔が赤いと言ったんだ俺は!!」
「見たことないくらい谷裂くんがかわいい!!」