おやすみは言えるの



「谷裂ぃ…!」
「……なんだ」
「なんだ、じゃないよ!明日の朝こそ絶対絶対一緒に起きてやるから」
「………」
「なんだその呆れた顔!だいたいねえ、なんでいっつも朝起きたら隣にいないの!」
「べつに大した問題でもないだろう。俺は日課である早朝の鍛練に出ているだけだ」
「はあ~?あのねえ、可愛い恋人と起きる朝くらい鍛練なんか休みなさいよ!」
「……一応聞いてやろう。何故休む必要がある」
「そりゃあ朝起きたときに『おはよ(はぁと)』ってしたいからに決まってるでしょ。私あれ憧れなんだけど」
「知るか」

 短く的確なツッコミを入れられて、私はぐぬぬと唇を噛んだ。前々から文句を言い続けていたので、今日こそ起きたときに隣にいるだろうと思って目を覚ましたのに、やっぱり今朝ももぬけの殻だった。こんなに薄情な恋人が他にいるか。夜は確かに一緒の布団で寝たのに、谷裂はいつも翌朝傍にいない。べつに、そりゃあ、子供じゃないんだから、「どこ行っちゃったの?」って不安になるわけじゃない。ただ、さみしいなあっていうだけの理由。
 で、そんな理由で谷裂が納得してくれるわけもない。

「おかしいでしょ……なんで早朝四時だの五時だのに布団出てくの?」
「鍛練だと言っているだろう。人の話を聞け」
「谷裂の方が聞いてなーいー!やだやだー、今日はがっちり捕まえたまま眠ってやる」

 はあ、と深く深く溜息を吐いて、谷裂は寝返りを打ち、私に背中を向ける。むっ、としてその背中に抱き着いてやったけど、反応なし。いや、以前までだったら鬱陶しい寝苦しい離れろ!くらい文句を言ってきたと思うので、「好きにしろ」っていう間柄になっていることは、多少の進歩だ。その背中に顔を押し付けながら、恨み言を吐く。

「谷裂はずるいんだよ。寝顔見せてくれないし、寝起きの顔も見せてくれないし」
「…そんなものを見たがる奴の気が知れん」
「ひどーい。好きな人のいろんな顔見たいのなんて普通でしょー」

 そんなふうに文句を言いながら、ひとつあくびが零れる。瞼が重くなってきた。それでもまだもう少し起きていたくて、眠気覚ましにわざと喋り続ける。

「ふぁふ……あー……たにざきのばかー、あほー」
「……寝ろ。俺が鍛練に出る前に起きるんだろう」
「ちがう~。谷裂が鍛練休むの~!一緒に…昼まで寝る……」
「何故俺がお前に合わせるんだ。お前が早く起きろ」

 いやだ。四時にも五時にも起きたくない。そんな時間に起きるくらいだったら、その時間まで寝ないで起きてる方がまだ……、いや、無理かなあ。今日はもう眠いなあ。そろそろ睡魔に白旗を上げたくなってきた。

「……朝、目を開けたとき好きな人の顔があるの、幸せだとおもうのになあ…」

 自分の声が、ねむそうだった。ぼんやりと耳に入れながら思う。谷裂は、分かんないんだろうなあ、朝起きたとき相手が隣にいない時の、さみしい気持ち。昨日の夜一緒に寝たの、夢だったかなあ、なんてちょっぴり考えちゃうんだよ。知らないだろうなあ。谷裂は、なんにも考えずに普通に起きて、普通に私を置いて、部屋を出ちゃうんだろうなあ。(でも、起こさないようにそうっと出ていくんだろうなあ。そういうとこ、すきだけど)
 そんなふうに思いながら、しばらく沈黙していたら、不意に谷裂の声が耳に入る。

「……そうだな」
「……」
「…」
「え……今の『そうだな』は、何に対して?」
「……」
「『朝目が覚めたとき好きな人が隣にいるの幸せ』に対する、『そうだな』?」
「…お前、眠ったんじゃなかったのか」
「寝そうだったけど、ちょっと目が覚めてきて……え、谷裂、さっき私に『寝顔見たがる奴の気が知れない』とか言ったくせに、いつも私より先に起きたとき私の寝顔ばっちり見てたり…」
「煩い、いいから寝ろ!」

 やけくそみたいにそう言い放って、それきり谷裂が黙った。背中にしつこく声を掛けても、全然返事をしてくれない。もう、と口を尖らせて、でもすぐそれがちょっとにやけた顔に変わってしまって、私は大人しく目を閉じることにした。
 私も知りたいんだけどな。その、朝起きたときに好きな人が傍にいる幸せ。けど、まあ、その幸せを谷裂にあげられてることはわかった。それはちょっと、うれしい。いやでもやっぱり、たまには一緒におきたいんだけど。四時に起きられるかな。なんか谷裂、意地でも私より先に起きようとしてない?ちょっと反抗する気持ちで、ぎゅうっと背中に強く抱き着く。

「おやすみ、谷裂」