「谷裂くん!谷裂くん!見て、谷裂くん!これなんだと思う!?プリン」
「煩い、引っ付くな黙れ今すぐ離れろ
「食べる?」
「要らん」
「なんで!?」
「要らんと言っているだろう」
「な、なんで!?プリンだよ!?谷裂くん!プリン食べたことある!?もしかしてない!?食べてよ!っていうか『プリン』って声に出してよ!『ぷりん』って声に出す谷裂くんが見たい!ぱぴぷぺぽを発音する谷裂くんが見たい!プリンという食べ物を食べる谷裂くんが見たい!」
「要らんと言っている!!何度言わせるんだ貴様は!!」
「ヤダヤダ~!!プリン食べてよ~!この小さいスプーンをその大きい手で持ってる谷裂くんが見たい!スプーン持つ谷裂くん絶対かわいい!お願い谷裂くん、プリンを食べる谷裂くんが見られたら私死んでもいい」
「今すぐ望みどおりに一度死なせてやろうそこに、」
!危ない!」

 どこからか聞こえた佐疫の声にハッとした直後、俺に付き纏っていたの後に何かが直撃し、そのまま倒れた。一瞬の出来事だった。ここが戦場であったならばもう少し周囲を警戒し、その「何か」が飛んでくることに気付いたかもしれない。だが、今、完全に油断していた。にうるさく付き纏われている間は、どうもいつも緊張感が薄れる。俺は暫く何が起こったのか理解できなかった。伏せっていて顔は見えないが、先程まであんなにも騒がしかったが完全に沈黙している。その後頭部を呆然と見下ろした。すぐに佐疫と斬島、そして平腹が駆けて来る。佐疫が慌ててその場にしゃがみこんでを抱え起こすが、ぐったりと完全に体から力が抜けており、気を失っているのか目を開けることは無かった。

!しっかり!!」
「返事が無いな」
「死んだな!」
「惜しい獄卒を亡くした」
「えっいや死んではいないと思うけど…」
「……なんだ、お前達。今に何が起こったんだ」
「それがさー!オレ、庭に落とし穴掘ったじゃん?」
「知るか」
「そんときにさー、多分オレが前に埋めといたんだろーけどさー、ボールとか鉄球とかいろいろ出てきたんだよな!遊ぶ用じゃん?」
「犬か?お前は。何故そんなものを」
「んでさー、それぶん投げてなんかやったらおもしれーかなーと思って、斬島たち呼びに来たんだよな!」
「ああ。話しているうちに平腹が『どれくらい飛ぶのか見せる』と言い出して鉄球を投げたんだが」
「何故屋内で投げた」
「ごめん……止める暇もなく…偶然その鉄球がの頭に……」
「けど思いっきりじゃねーよ!頭吹っ飛んだわけじゃねーし!多分砕けてねーし!」
「そういえば以前石頭だと自慢していたな。谷裂に100回殴られても気持ちがいいだけだと」
「えっいやそれは多分石頭かどうかの問題じゃないと思うんだけど……」

 訳が分からないがとりあえず平腹の投げた球がの頭に直撃したらしい。見れば確かに、にぶつかった球が床に転がっている。貧弱な生者であれば平腹の投げた鉄球で死ぬかもしれないが、俺たち獄卒に死は無い。気を失っているだけで、そのうち目を覚ますだろう。どうということはない。気にすることではない。
 だが、妙な靄が胸の内に残る。口にしてしまえば何かに負けた気になるので口にする気はないが、「俺が即座に気付いて対処していれば」だの、「よりにもよって話の流れで『今すぐ死なせてやる』と言った直後に」だのという罰の悪さがあった。舌打ちを零し、俺はその場に片膝をついての顔を覗いた。

「いつまで寝ている。おい、!起きろ!」
「そうだぞ。起きろ、。谷裂だぞ」
「そ、そうだよ!ほら!の好きな谷裂だよ!」
「起きろー!谷裂かわいーんだろ!起きろー!ー!」
「止めろ!!もっと他にまともな起こし方はないのか!!」
「うぅん……いたた……」
「おっ!起きるじゃん!」
「貴様もそれで起きるな!!おい、!」

 俺たちに囲まれた中心で、瞼を持ち上げ、ゆっくり頭を起こそうとする。まだ痛みが残るのか少し顔を顰めた直後、俺と目が合った。反射的に「いつもの」に身構えるが、の反応は嫌に冷静なものだった。

「あ…谷裂くん。あれ?みんなも…」
「よかった、気が付いて!大丈夫?」
「ごめんなー!すげーたんこぶできたんじゃね?つーかへこんだ?」
「え?あ、もしかして頭になんか当たった?大丈夫元気!私石頭だから!ゾウに踏まれても壊れないって評判」
「そうか。丈夫なのはいいことだ」
「……えーと…あれ?私さっきまで何してたんだっけ…あっ!そうだ、プリン持ってきて…」
「…俺は食わんぞ」
「あ、そっか。谷裂くんに食べるか聞きに来たんだっけ」

 ぽん、と手を叩いて納得したような顔をすると、倒れたときに手元から転がったいくつかの容器に入ったそれを拾い上げる。また懲りずに「なんで食べないんだ」と詰め寄ってくるのだろうと片方の眉が上がる俺を見て、は二・三度まばたきをすると、「そっか」ともう一度言った。すとん、と簡単に納得するような声で。

「じゃあ、平腹くん食べる?」
「……何?」
「マジ?よっしゃー!食う!」
「斬島くんも食べる?」
「いいのか?」
「うん。あ、佐疫くんは?」
「え……えっと……い、いいの?それ、谷裂にあげようとして持ってきたんじゃ…」
「え?」
、わざわざ商品名が『ぷるぷるぷりんちゃん』っていうプリンを用意して谷裂にそれを読ませようと…」
「誰が読むか!!佐疫もその時点でこいつを止めろ!!」
「え、うーん…たしかに谷裂くんにもあげようと持ってきたけど…でも谷裂くん今は要らないみたいだから」
「………」
「無理に食べさせたいわけじゃないし、食べるかどうか聞きたかっただけだよ?」
「……」
「……」
「……」

「え?どうしたの、みんな」
「なーなー
「うん?」
「こいつ、谷裂だろ?」
「うん。谷裂くんだね」
「かわい?」
「え?谷裂くん?……かわいい…とは、ちょっと違うんじゃないかな。体でっかいしちょっと顔こわいし…あっごめんね、悪口じゃないよ?」

「……ど、」
「え?」
「どうしよう!!?やっぱり打ちどころ悪かったんだ!!」
「抹本を呼んでこよう」
「やべーじゃん!ごめんなー!プリン食えよ!」
「えっどうしたのみんな……ね、ねえ?おかしいよね、谷裂くん。谷裂くん、『かわいい』はあんまり褒め言葉じゃないよね?嫌だよね?私に言われたくないよね?」
「………………」
「谷裂くん?…え、谷裂くん?」
「……、……なんなんだお前は!!!!」







「うぅーん……確かにこぶはできてるけど、もうほとんど治ってきてるし、他に外傷はないから……」
「手の施しようがないというわけか……」
「詰んだな!」
「そんな…もう治らないんだ……」
「え、えぇぇ……? な…治すところがないっていうか…」
「そんなはずはない。抹本、お前だけが頼りだ。どうか治してやってくれ」
「うん、俺からも頼むよ抹本……治らないとが可哀想だから…」
「ご、ごめん……なんの病名…?」
「『谷裂をかわいいと思えなくなる病』だ」
「そんな病があるか!!いい加減にしろ!!俺で遊ぶな、どいつもこいつも!!」

 わざわざ連れて来られ、の頭の具合を診た抹本が困惑するのも無理はない。斬島が心配するふざけた名前の病など、存在しないからだ。話の中心であるものの、まで困惑した様子で俺たちの顔色を順に窺っていた。無理はない。今のこいつには覚えがないらしい。今まで散々俺をこけにしてきたというのに。勝手に迷惑な話で盛り上がる斬島たちに、抹本が遠慮がちに言った。

「え、えっと……の身体は問題ないみたいだし…その、正常…っていうか……」
「フン。ほら見ろ。今までのそいつの思考が異常だったんだろう」
「ほー?んー…たしかに、オレらも谷裂のことかわいいと思ってねーもんなー。でも『かわいいと思えなくなる病』じゃねーもんなー。じゃー、今までのが『谷裂のことかわいいと思っちゃう病』だったんじゃね?」
「……なるほど。そういう考えもあるのか。では平腹が鉄球をぶつけたことで、結果的にその病は治ったんだな」
「マジ?すごくね?オレ!治してやったんじゃん!感謝しろよー、!」

 平腹に雑に背中をばしばしと叩かれながら、がへらへら笑う。そうだ、これが正常だ。俺の周囲に、以前のような騒がしさはない、これがあるべき平穏だ。正しい日常だ。は俺に付き纏うことはなく、うるさくあの四文字を繰り返し叫ぶことはない。当たり前だ。これで合っている。なんて好都合だ。俺の望んでいたものだ。そう何度も頭の中で繰り返した。
 だが、なんだというのか。この腹立たしさは。今まで散々俺の邪魔をしてきた奴が、へらへらとこちらに目もくれず笑っている。他の連中となんら変わりない扱いで、俺を扱っている。今まで、散々、俺を苛つかせておいて。すべて無かったことにして。

「……くだらん。俺は部屋に戻るぞ」
「あ……待って、谷裂くん」

 ぴたりと素直に動きを止めた自分の足が憎らしかった。その先の言葉を聞こうとしている。べつに、何か聞きたい台詞があったというわけではない。そのはずだ。振り返った先で、やはりそいつはへらりと笑っている。

「なんだかいろいろ心配とか…迷惑も?かけちゃってたみたいでごめんね」
「……それだけか」
「え?」
「言いたいことはそれだけか、と聞いている」
「あ、うん。ごめんね、引き留めて」

 







 それからの日々は快適極まりない生活だった。まず朝、と顔を合わせても俺に飛びついては来ない。やかましく騒ぎ立てることもない。――「朝の谷裂くんかわいい!」「早起きな谷裂くんかわいい!」「制帽を椅子にひっかける谷裂くんかわいい!」「椅子に座る谷裂くんかわいい!」「朝ごはん食べる谷裂くんかわいい!」――……こうして思い返すと本当に意味がわからないな。確かに今までが異常だった。日中もそうだ。任務に向かうときも、帰ってきたときも、すべて、は以前のように俺に構ってくることはなくなった。だからといって会話がないわけではない。ただ、他の獄卒と話すのと同じように、話す。それだけだ。なんらおかしなことではない。ただ、やはり、どこか釈然としない。
 いや、断じて以前の方が良いなどと言うつもりはない。これでいい。これで。だが。

「あ、谷裂くん」

 背後から聞こえた声に振り返る。駆け寄って来るわけでも、無駄に近づくわけでもない。適切な距離感を保ったまま、そいつは俺の傍までやってくる。

「何か用か」
「用っていうかー…うーん、要らなかったら要らないでいいんだけどね。またプリン買ったから食べるか聞きに来たの」

 一瞬、疑った。「またそれか」と言いそうになった。だが、あのときのと今のでは違うのだ。…いや、厳密には、そうじゃないのか。に見えている俺が、見え方が、以前とは違うんだろうか。とにかく、今のに以前と同じ質問をされたからといって、他意は無い。だが、他意が無いからこそ、俺は眉を顰めた。

「何故いちいち聞きに来る?お前が食べたくて用意したものなら、お前が食べればいいだろう」
「うん?…うーん……それはそうなんだけど……私甘いもの好きだし…」
「だから、自分で食べればいいだろう」
「うん。でも、自分が好きだし、おいしいって思ってるものだから、誰かが『おいしい!』って食べてくれると嬉しいよね?食べてるところ、見たくなっちゃわない?だからかなあ、ひとにすすめちゃうの」

 そう言って、へらりと笑う。そのへらへらした態度が、いつも俺を苛立たせていた。俺が何も言わずにじっとその顔を見ていると、は急に、得意げになって話し出す。「プリンって誰が最初に考えたんだろうね?でもプリンにもいろいろあって、たまごっぽい味が強いのもあるし、甘すぎないのもあまーいのもあるし、あとカラメル部分がないのもあるし、そのカラメルが苦いのも甘いのもあるし…」――その饒舌に話す興奮気味の様子に、思い出した。あのときのこいつの顔が重なる。「そもそも、『プリン』っていう名前が『かわいい』よねえ!口に出したくなっちゃうね!」
 深く息を吐く。べつに、おかしなことはないはずだ。そもそもこいつさえバカみたいに騒がなければ、簡単に口にできていたはずの「それ」だ。こいつに言われるまでは、普通に口にできていたような気もする。分かっているのに、妙に汗が滲んだ。何故自分はこんなに躊躇うのか。それは、こいつのせいだ。すべてこいつのせいだ。今から自分が実行しようとしていることは、仕返しのようなものだった。馬鹿め、と内心であのときのこいつにほくそ笑んでやるための。――妙にむなしい、反抗だった。

「……『ぷりん』」
「…」
「そこまで言うなら、美味いんだろう。今日は俺も食ってやる」

 どうだ、くやしいだろう、あのとき意地でも言わせようとしていた「こいつ」にとっては。「あのときいくら言っても口にしてくれなかったくせに」と思うだろう。「今更言うなんてずるい」と。……今更、言っても遅い、と。今更気付いても、遅いと。
 そんな俺の思惑など、今目の前にいるにとっては訳の分からないことだろう。は、唇を薄く開いて、少しの間呆けていた。だが、ふと「ああ、うん」と頷いて、俺と視線を合わせた。

「でも、あのね谷裂くん。このプリン、普通に食べるんじゃなくてね、お皿にあけて食べるものなんだ」
「…手間だな。そのままでも食えるだろう」
「ううん、駄目なんだよ。正式な食べ方があるの。その方がおいしいんだよ。まずお皿にひっくりかえして……」
「……」
「そのあとたっぷり生クリームを絞る。そしてそのてっぺんにさくらんぼをのせるの」
「………」
「で、ちっちゃいスプーンでちいちゃくすくって食べていくんだよ」
「……」
「谷裂くん、最初にてっぺんのさくらんぼ食べる派なのかな?」
「…………」
「え、谷裂くん、さくらんぼ食べるのかな?口に入れて…ヘタがぴょこって口から…とびでて……いやそもそも『さくらんぼ』って谷裂くん、言うのかな…!? さくら、までは普通だけどそこに『んぼ』って…『さくらんぼ』って…『おこりんぼ』みたいな…『さみしんぼ』みたいな」
……貴様!!!」
「谷裂くん!!かわいいっ!!」

 俺が拳を振り上げるのと、が俺に抱き着いてきたのはほとんど同時だった。抱き着くというより、ほとんど飛びつくような形だった。俺の体が一瞬、その衝撃によろめく。しがみついてくるその腕の感触も、温度も、俺の拳が振り下ろせないよう厄介な呪いをかけている。俺は握った拳を葛藤するように震わせて、やがてひらいた。

「ううーっ!なにもう!どうしたの谷裂くん!今日の谷裂くんすごくかわいいね!?今のすごくかわいかったね!?なんでそんなにかわいいの!?」
「……黙れ」
「えープリン食べてくれるんだねえ!えへへ…プリン食べる谷裂くん…谷裂くんがプリン……えへへ…なんか微妙に頭痛くてここ最近の記憶がはっきりしないんだけど、長い長い悪い夢でも見てたような気分で……でもそんなのどうでもいいや!」
「……」
「かわいい」
「…
「谷裂くん、かわいい!」

「…………やはり一度殴らせろ貴様!!」
「うわっ!?喧嘩…ええっ!だめだよ谷裂!ストップ!どうどう!」
「怒った谷裂くんかわいい!」
「オッ!すげー!戻ってんじゃん!治ってんじゃん!」
「ひえぇぇ…!? じゃ、じゃあ本当に『谷裂をかわいいと思えない病』に…」
「そんな病があるか!!戯れ言を!!」
「どうやって治したんだ?」
「それは『かわいいのチカラ』ってやつだよ、斬島くん」
「黙れ!!」