※2020.06.29.の獄都新聞ネタ


「あ、谷裂くん発見。たっにざっきくーん!今日も後ろ姿がかわいいねえ!」

 見慣れた大きい背中を発見したので近寄って、その人物が振り返る前に「どしーん!」と手作りの効果音付きでわざとぶつかった。大きい身体は私ごときの軽いタックルでは倒れやしないけど、ちょっと前によろめいた。短気で怒りっぽい谷裂くんなので、私のこの手の悪ふざけにはいつもピキッとこめかみに青筋を立てて振り返るのだ。

「おっと」

――そう、おっと、とか言って振り返っ

「あれ?」

 今「おっと」って言った?谷裂くんが?おっとっと、の「おっと」って言った?首を捻って私を振り返って見下ろす人物の顔を、私も見る。坊主頭で、目つき悪…悪い?吊り上がった眉を想像していたのに、そこには見慣れた人物の、まったく見慣れない表情があった。谷裂くんが、自分にタックルしてきた私を、まじまじと見つめて、眉はぜんぜん吊り上がってなくて、むしろおもしろそうに、「へーえ、ふーん?」みたいな顔で、機嫌良さそうにしている。

「ははあ、こりゃあいい。こんな可愛らしい嬢ちゃんとイイ仲とは、意外だな」
「……たにざきくん」
「ああ、いかにも。お前さんの惚れてる『谷裂』だが?どうだい、今日もいい男だろ?」
「………たにざきくん…」
「なあに、遠慮することはないさ。好きなだけ引っ付いていいとも。『いつも通り』に」

 たにざきくんが、口元をにやにやさせながら私の頭をがしがし撫でる。そしてもう一方の手をするりと腰に滑らせた。「『そういう仲』だろ?お前さんと『俺』は」そう言って、私の顎をくいっと持ち上げる。知らない表情で、その紫の瞳が私を映した。






「どこにいった!!あの黒狐め!!」

 さっさと外へ叩きださねばと思っていたところ、少し目を離した隙に逃げられた。厄介な狐に顔を覚えられたものだ。まさか俺に化けて館に忍び込むなど。見つけたら今度こそ捻り潰して、俺を愚弄したことを後悔させてやる。腹立たしく、いらいらと廊下を大股に歩いていると、向こうから必死に逃げてくるような足音が聞こえた。曲がり角の先から、一人の女が駆けてくる。目を見開く。そして、嫌な予感がした。

「…った、谷裂く…っ! うぅ~っ!!」

 嫌な予感が、当たったようだった。一番、奴と顔を合わせるわけにはいかない相手が。必死に「それ」から逃げてきたのか、俺の顔を見た途端に、ぼろぼろと泣き出した。一瞬で、頭の中が白く弾ける。俺の元に走ってくるに向かって、俺も足を速めていた。いや、ほとんど夢中になって駆けだしていた。から俺に抱き着いたのか、俺からその肩を抱きすくめたのか、わからなかった。気付いたときには、その女が腕の中にいた。

「うえぇん…!谷裂くん~っ!本物の谷裂くんだぁ…っ!」
「…おい、俺に化けた黒狐に会ったのか?奴に何をされた?」
「うっ…ぐす…怖かった…っ」
「…っ、待っていろ」
「うぅ…谷裂くん……」

 自分でも感情を抑えられないまま、が逃げてきたその曲がり角の曲がった先へ向かう。今、手加減などできるはずがない。誰が止めようとも、恐らく拳を振り上げることをやめないだろう。殺気じみたそれを抑えることなく、を泣かせた男を視界に探す。それは、随分と簡単に見つかった。曲がり角の先で――、…それはもう、ぼろぼろに、すっかりのびていた。

「……は?」
「ぐすっ…ひどいよぅ…解釈違いもいいとこだよう…怖かった…うっうっ」
「おい、
「もう心に傷を負いすぎて…怖いよ…今夜絶対眠れない…谷裂くんが子守唄をうたってくれないと」
、貴様」
「ぐすんぐすん…」
「何もされていないな」
「されまくったよ!!私のメンタルがボロボロだよ!こんなひどいことってないよ!あの谷裂くんの偽物、全然かわいくなかった!!谷裂くんの顔でかわいくないとか!かわいくない谷裂くんを間近で見せられるとか!もうこんなにひどい拷問ったらないよ!!」
「~~っこの!!紛らわしいことをするな!!馬鹿者!!」

 の襟首を引っ掴んでぎりぎりと締め上げる。反省の色の見えない、へらりとした様子でそれを受け入れていた。まぎらわしい、ふざけるな、どうして貴様は、といろいろ言ってやりたいことはあるが…、視線を、倒れている狐に向ける。もう俺に化けてはいない。化ける余裕もなくなったのかもしれないが。「喧嘩はあんまり」と言っていた黒狐の言葉に嘘はなかったらしく、くわえて、常にへらへらしているが仮にもこの女は自分と同じ獄卒だ。は傷一つ負っていないどころか、逆にかなり容赦なく狐を痛めつけたらしい。よっぽど、腹が立ったらしい。よっぽど、許せなかったらしい。

「………まあ、いい」
「谷裂くん……」

 沈黙の末、手を離す。が、じい、と俺の顔を覗き込んだ。うっとうしい、あまり見るな。どうせ、そんなに覗き込んで確認しなくても、おまえはわかるんだろう。俺か、俺じゃないかなんてことは、簡単に。

「たまには、役に立つな。お前のその…やかましい、鬱陶しい執着も」
「谷裂くん…」
「フン…だがこいつの、」
「谷裂くん~~!!やっぱり可愛いねえ!やっぱり谷裂くんはこうじゃないと!かわいいねえ~!!」
「やめろ!触るな!!」