「めんどくせーからヤダ」
「わーー!! やっぱりめんどくさい女の子なんだ! わーーーん!! しくしく」
しくしく、とか自分の口で効果音つけてる馬鹿が面倒じゃないわけないだろ。どんびき。昼寝してるところを邪魔しに来たそいつは、俺がいくら無視しようが構わず勝手に話し続ける。フラれた相手は「よく行く喫茶店で知り合ったイケメン」らしい。もうその時点で俺の眉間に皺が寄った。この間付き合い始めたとか言ってたのは「友達の紹介で知り合った美容師の男」じゃなかったか。アレはどこに行ったんだよ。いつの間に別れた。……とか突っ込んだところで自分がまともに話を聞いていたと思われそうで面倒か。何も言わずに「今回」の話を聞き流した。
「でね、私がそう言ったら、『もうめんどくさいな、別れてくれ』って……」
「……」
「はーあ。ひどいや……また新しいひと探さなきゃ。今度は背が高すぎない人が良いな。デートのときヒールで歩くの疲れちゃうし。あとトマトが好きな人がいい。わたし残したときに食べてくれるような人!」
「……お前、馬鹿だろ」
「え、なんで?」
「はあ……常に男がいないと死ぬのか? お前」
「え、わたし死なないよ? あ、でも恋は常にしてないとイヤかも!」
はあ。気が抜けたような、心底呆れたような、そんな溜息。こいつはいつもそうだった。昔からそうだった。簡単にそこらへんの男に惚れて騒いでは、フラれただのなんだのと落ち込んで、次の日にはまた別の男の後ろをくっついて歩く。頭の螺子が足りてない。むしろ頭の中が花畑。
しかもそれをいちいち俺に報告してくるんだから、迷惑な話だった。いらつく。今だって、開き直ったようにぺらぺらと薄い内容の持論を力説しだす。
「だってさ、そうだよ、わたしたち死なないんだよ? 生者は寿命限られてるし人生一回きりだと思ってるから、たった一人の運命の相手ーとか信じたり、この人と添い遂げたーいとか思ったりするのかもしれないけどさ。わたしたち死なないし、これから先ずーっと毎日が続いていくんだからさ、いろんな人と恋したいし、そうしないときっと飽きちゃうよ。わたし、いろんな人を好きになりたいし、好きになってほしいし……たくさんの人のこと好きになれたらきっとすてきだよ!」
「フラれてんだろ」
「うぅ……そりゃあ、その分毎回悲しいよ……毎回傷付くよ……」
「あー。ただの尻軽女だな」
「ひどーい! 恋多き乙女なんだよ! すぐ好きなところ見つけちゃうことの何が悪いの」
馬鹿だろ。これ以上話すことはないと判断して、俺は寝る体勢に入る。話も視界も遮断しようと、目を閉じた。
「……田噛のこと好きだったときもあったもん。昔」
聞こえない、聞いてやるもんかと壁を作っていたつもりだった。ぽろっと零れ出たような拗ねた声に、俺はしばらく聞こえなかったふりを続けて、たっぷりの沈黙を作ってから瞼を持ち上げた。視線だけでそっちを見る。面倒なことに、奴は今にも泣きそうな顔をしていた。こんなに面倒なことが他にあるか。
「田噛が……田噛がフッたんじゃん……」
「……そーだな」
「フラれたら、別の人好きになるしかないもん……」
その言葉には、「そうだな」とは答えなかった。代わりに溜息を吐いて、俺は気だるげに体を起こす。ぐすぐす鼻をすすりだした、めんどくさい女。確かに、昔、こいつに言われた。昔の話だ。好きだと言われて、俺はなんとなく面倒そうだというだけの理由でそれを拒んだ。事実、その当時べつにコイツに惚れてたわけでもなかったし。だがそういえばあのときはまだ、コイツの男好きの病気が始まる前だった気がする。
「……俺もお前も、生者と違って死なね―から『この先』長いんだろ」
「ぐす……うん……」
「たっぷり時間はあんだろ」
「う……うん?」
「一回フッた俺が、その後時間かけてお前のこと好きになるかもとは考えなかったのかよ」
泣いていたはずの女が、「えっ」という間抜けな声を上げると同時に顔まで上げて、俺を見た。
「え……そう、なの? 好きじゃないってフッた相手のこと、後で好きになることあるの?」
「……あー」
「だってわたし、田噛にフラれたから諦めないといけないと思って、もう好きでいちゃいけないんだと思って……これから先ずっと別の人を好きにならなきゃいけないんだって思って……」
「…………お前が男漁り始めたの、俺がフッた後からかよ……原因俺かよ」
「っていうか、田噛、」
「あ?」
「私のこと、好きになったの?」
何度目かの、沈黙。さっきまであんなにメソメソシクシクやってたが、丸い瞳で俺を見つめてくる。めんどくせえ、マジで、めんどくせえ。「そこまでは言ってねーだろ」と言いかけて、そう言ったら言ったで面倒なことが分かっていて、頭の後ろをがしがし掻いた。ああもう、めんどくせえな。(もう言っちまうか、面倒だから)
恋多き乙女の初恋