「ねえ、田噛を見なかった?」

 食堂に顔を出すと、そこに居たのは斬島と佐疫の二人組だった。もしかしたらと思ったけれど、やっぱり此処にも探している人物の姿は無かったので、居合わせた二人に尋ねた。田噛を見なかったか、と。二人はきょとんと私の方を振り返ったかと思えば、お互いに顔を見合わせて確かめ合った後、代表して佐疫の方が一言「いや、見ていないけど」と答えた。うん、まあ、そんな気がしてた。

「…そっか。分かった!ありがとう」
「田噛に用なのか?」

 御礼だけ伝えてさっさと踵を返した私の背中に、今度は斬島の声が飛んできて、私は振り返る。いつも通りの無表情の斬島だけど、一緒にいる佐疫はにこやかだったので、なんとなく二人の考えとこの後の展開が読めた。今にきっと、「一緒に探そうか」と言い出すに違いない。そう思っていたら本当に一言一句違わず佐疫が「一緒に探そうか」と申し出たので、私は慌てて首を振った。

「たいした用じゃないの。大丈夫だよ」
「そうか?…確か今日は田噛は非番の筈だ。任務に出ているわけではないだろうから、館にいると思うんだが…」

 斬島の言う通りだ。田噛は今日は非番だし、おそらく館の中にいるとは思う。思うんだけど、この館が結構広いものだから、困っていた。田噛の行く場所なんて、限られていそうなものだけど。一つ苦笑を零すと、佐疫がじーっと私のことを見つめていることに気付く。私の、顔、ではなく、首から下を。

「なあに?佐疫」
「ん?いや、も非番でしょ?今日の格好、お洒落さんだね」

 お手本みたいに綺麗に微笑んで、お手本みたいな当たり障りない褒め言葉をくれる。私は目をぱちくりさせた後、自分の格好を見下ろした。いつもの仕事着ではない、白のワンピース。佐疫の言葉に深い意味が無いのも社交辞令なのも分かっているのに、改めて指摘されると少し恥ずかしい。スカートの端っこをちょっとだけきゅっと掴んで、「ありがとう」と返しつつ、視線を佐疫からそっと外した。斬島がそんな私と佐疫のやり取りを黙って聞いて、ふと、思い付いたように疑問を口にする。

「田噛と出かける予定だったのか?」

 ぎく、と私の肩が跳ねたのを、見逃してくれる二人ではない。佐疫が、自分のことみたいに困った顔をして、「ああ、それで…」と呟いた。だから田噛を探していたんだね、だからお出かけ用のお洒落だったんだね、と。確かにその通りだ。私はまたスカートをきゅっと握ってから、二人に向かってへらりと笑う。彼らは優しいから、きっと力になろうとしてくれるだろう。だけど、いいんだ。二人の手を煩わせたいわけじゃない。そんな、大したことじゃないの。

「ねえ、。やっぱり俺達も一緒に探して…」
「ううん、大丈夫!行き違いになっちゃったのかもしれないし、もう一度田噛の部屋見てくる!」
「…平腹なら何か知っているかもしれないな」
「うん、そうね。じゃあ平腹見かけたら訊いてみる!ありがとう、二人とも」

 確かに平腹と田噛はよく一緒にいるし、何か知ってるかもしれない。私は二人に手を振って食堂を後にした。そのまま階段へ向かい、上の階の住居スペースを目指す。
 佐疫達は優しいので、「約束したのに本人が見当たらないって…すっぽかされたってことじゃない?」とは言わないでいてくれる。けれど、おそらく、すっぽかされたんだろう。ほんとに。私は階段を一段一段上りながら、ふう、と溜息を吐く。いつもの服装より少し動きづらい。洋服というものに自我があったとしたならば、私以上にこのワンピースは嘆いているに違いない。この日のためにいたのに!と。そんなにがっかりしないで、とワンピースを慰めてあげたい。だけど、「この日のため」という存在価値を失くしてしまったのだから、落ち込む気持ちも分かる。慰めきれない。

「あーー!!おーい!~!」

 階段を上り切ったところで、前方から見慣れた人物がどたどた走ってくる。残念ながら田噛ではないけれど、探していたもう一人の人物だ。いつもの制服を着ているので、今日はこれから任務なんだろうか。

「平腹。ちょうどよかった!あのね、田噛を」
ー!田噛知らねー?」
「……」
「いねーんだよなー!部屋!」
「…平腹なら知ってるかなって思ったんだけど」
「ほ?オレもオレも!なら知ってっかなーって思ったんだよ!お前ら最近一緒にいるじゃん!」

 いつも一緒にいるのは、私じゃなくて平腹の方だと、私は思っていたんだけど。平腹が何気なく口にした言葉に、私は少し驚いて目をまたたかせた。そうか、他人から見たら、私も負けないくらい、田噛と一緒にいるイメージがついているんだ。なんだかちょっと嬉しかったのを悟られないように「そうかなあ?」なんて言って目を泳がせたら、そんな様子に特にツッコむわけでもなく、平腹は持っていた本を私に「ほい」と渡してきた。

「この漫画田噛に返しといてくんねー?さっき部屋から出てきた!多分田噛に借りた!」
「部屋から出てきた、って…ぐちゃぐちゃなクローゼットの中からとか、ぐちゃぐちゃなベッドの下から、ってこと…?」
「んじゃなー!」
「えっ、あっ」

 言いたいことを言って渡したいものを渡して満足した平腹は、私が上ってくるのに費やした時間とは比べ物にならない速さでどたどた階段を降りていった。嵐が一瞬で過ぎてったみたいな気持ちだ。
 何度目かの溜息を吐いて、私は手に持たされた漫画に視線を落とす。あまり私の興味のそそられる本では無さそうだけれど、とりあえず、ぱらぱらと捲ってみる。田噛の持ち物だというんだから、田噛はこういう漫画が好きなのか、と思いながら、ページを捲る。しかし肝心の田噛は部屋にやっぱりいないらしいので、この階に用は無くなってしまった。漫画を片手に、Uターンして、のぼってきたばかりの階段を今度は下りる。

「――おい、
「…」
「おい、聞いているのか」

 視線は漫画に向かいながら、一段、もう一段、とゆっくり降りていたところ、誰かの声がしたような気がしてふと顔を上げる。いや、上げつつ、また一歩階段を降りようとして、ずるっと足を踏み外した。幸い、残り数段という高さだったので大したことはない。というか、踏み外した直後に階段下にいた誰かに助けられたみたいだった。先ほどの声の主だ。その人物は苛立たしげに舌打ちをすると、私の体をぺいっとすぐさま引き剥がした。

「あ、ごめん谷裂。ありがとう」
「本を読みながら階段を下りるな。迷惑だ」
「う…ごめんってば」
「はは、迷惑じゃなくって『危ないぞ』って言いたいんだと思うけどなぁ」
「あ。木舌」

 どうやら階段下で谷裂と木舌が喋っていたらしい。そこへ本を読みながら、足元を全く見ず、人の声も耳に入れない状態の私が降りてきて、おい危ないぞと注意した直後、落ちてきた―…と。いや、面目ない。私が悪かった。持っていた漫画をぱたんと閉じて、提げていた鞄にいそいそとしまう。そんなに大きい鞄じゃないけど、この大きさの漫画ならちょうど入る。よかった。勝手に読んでたけど、一応預かりものだ。田噛に会ったら渡そう。それまでしまっておこう。きちんと鞄に収まったのを確認してから、改めて谷裂と木舌に向き直る。

「二人とも今日は任務?」
「おれは一仕事終わって休むところ。予定よりだいぶ時間が掛かっちゃったよ」
「お前はいつも手緩いからな」
「おっと。厳しいな、谷裂は」
「あはは…谷裂は今から?」
「ああ。鍛錬場で少し体を動かしてから出る。そういうお前は―……非番の様だな」

 谷裂が向けてきた視線の意味を理解する。さっきの佐疫と同じだ。私の服装を見下ろして、今日は仕事じゃないらしい、ということを確認する。彼らにとっては私のこんな格好、見慣れない服装だろうから。木舌も真似るように、私の格好をてっぺんから爪先までじっと見下ろす。やっぱりまじまじと見られるのは少し気恥ずかしい。

「…今日はこれから田噛と逢引?」

 微笑んだまま告げられた木舌の言葉に、ぐんっと一気に恥ずかしさのメーターが振り切れる。涼しい顔で、そんな、さらっと…!熱い頬を両手で挟んで、ぱっと顔を背ける。そんな私を木舌がはははと笑うし、谷裂はふんって呆れたように鼻で笑った。

「あ、逢引、って…」
「ん?ごめんごめん。じゃあ、デートか」
「そっそうじゃなくて!」
「違うのかい?それにしては今日の服装は随分かわ―…ん、いや、田噛より先にそれを言ったら申し訳ないな。ええと、今日の格好は随分お洒落だから。田噛と出かける為なのかな、と思ってね」

 にこやかに、佐疫と同じ様に褒め言葉を私にくれる。恥ずかしさで木舌の顔は見られないけど、俯いた理由は、恥ずかしさだけではなかった。ありがとう、と呟いてから、曖昧に笑って、ぽつりと呟く。

「うぅん、でも…楽しみにしてたのは、私だけだしなあ…」
「え?」
「いや、あはは…田噛、出かける約束忘れちゃったみたい。館のどこ探しても見当たらなくて」
「…確かに、アイツのことだ。忘れてどこかで眠りこけている可能性はあるな」
「だよねえ。まあ、私から言い出したことだし、いいんだけど」
「怒らないのかい?」
「…え?」

 思わず、俯いていた顔を上げる。背の高い木舌と谷裂を見上げて、私は目をまたたいた。怒らないのか、と訊いたのは木舌だ。目元は優しく、微笑んで尋ねてきた。約束をしたのに姿を消している田噛に、怒らないのか、と。探しても見当たらないことに、いらいらしたり、もういい!ってやけくそになったりしないのか、って。楽しみにしてたのに!とか、せっかくおしゃれしてみたのに!とか。
 なるほど、そう言われてみれば、「怒ってもいい理由」はたくさんあるような気がした。

「怒らないよ?」
「どうして?」
「だって私、田噛のこと好きだもの。田噛が私のこと好きじゃなかったとしても」

 怒ってもいい理由はたくさんあるかもしれない。でも、たった一つの、「怒らない理由」があれば、私はやっぱり怒ることができない。私の中でそれは、当然のことだった。だけどそんな言葉を聞いた木舌は苦々しく笑っているし、谷裂にいたっては呆れて物も言えない様な、馬鹿を見るようにうんざりした顔だった。二人だけじゃない。食堂で会った佐疫や斬島も、馬鹿だなって同情したかもしれない。だけど、誰にどう思われてもやっぱり、覆せないだけの「理由」だったから。

「それでいいのかい、
「いいか悪いか分からないけど…でも、好きだからしょうがないと思うよ?」
「はは、惚れた弱味ってやつかな」
「そうかもね」
「くだらん話だ。子供を甘やかすのと大差無いな」
「谷裂は頑固だから分からないの!」
「なんだと?」
「まあまあ。それがなりの愛し方なら、おれ達は何も言えないよ」

 私の喧嘩腰にムッとした谷裂が眉を吊り上げるけど、すかさず木舌がその肩を叩いてどうどうと押し留める。愛し方、と言われると、なんだか仰々しい気がするけど。でも、べつに間違っちゃいないんだ。好き、っていう感情の表し方が、私の場合は「許せる」という行動。甘い、というなら、甘やかすのが私なりの愛情表現。それで、いいんだ。間違っているのかどうかは分からない。でも、誰も正しいかどうかなんて分かるはずない。わかってほしいとも思ってない。私がそれでいいと思えるうちは、いいんだ。うん。一人頷いて納得していると、谷裂を宥め終えた木舌がじーっとこっちを見ている視線に気付く。なあに、と目だけで訊くと、木舌は「いやあ、あはは」とでも誤魔化すように笑った。

「ところで…おれ、さっき田噛を見かけたんだけど」
「……そういうのはやくいってほしい」




 やっと見つけた。
 自分だけの力で見つけたわけじゃないけど。木舌に場所を教えてもらったんだけど。館の裏庭の樹の根元に人影が有るのを見て、ふう、と息を吐く。「てくてく」とも「とぼとぼ」とも分からない足取りでそちらへ近寄って、樹に寄りかかって眠っている人物を見下ろした。「きっと今頃どこかで寝てるんだろうな」とは思ってたので、予想通り。田噛だ。さっきからずっと探していた、田噛が目の前で寝ている。「やーっと見つけた!!」とか「起きてよ田噛!!」とか、思わず大声で口にしたっておかしくないはずなのに、自分の心はやけに落ち着いていた。田噛はいつもの仕事着とは違う、いかにも休日な私服で、すうすうと眠っている。ひょいと横にしゃがんで、折りたたんだ膝の上で頬杖ついて、田噛をじーっと見つめてみる。

「…田噛らしいね」

 私が敵だったら、こうやって眠ってるとこ狙っちゃうけどな。それくらい、無防備なふうに見える。しばらくそんな様子を眺めていたら、風で葉っぱが落ちてきて田噛の肩にのっかった。思わず手を伸ばしてぱっぱっと払ったら、そんな微かな気配だけでも田噛が身じろぎする。起こしちゃったかな、と腕を引っ込めて注意深く見つめ息を殺したら、やがて田噛は動きを止めた。ほっと息を吐いて、私は田噛の傍で、真似るように樹に背中を預けた。なんか、うん、もういっか、って気持ちになってくる。投げやりじゃなくて、穏やかに、のんびり、「まあいっか」って。目を閉じて、肩の力を抜いて、眠ってしまおうかって体勢になったとき、ふいに横から声が聞こえた。

「…起こせよ」

 閉じていた目をぱっと開けて、隣を確認する。樹から背中を離した田噛が、自分の傍で寝ようとしている存在に眉を顰めていた。いつのまにか、起きてたらしい。「ごめん?」と思わず口にするけど、田噛が怒って言ったのかは声のトーンとその表情だけではよく分からなかった。でも、起こせよ、って言ったよな、このひと。なんで起こさねえんだよ、っていう意味だよな。

「だって田噛、寝てたから」
「だから、起こせって」
「起こしたらだめだと思って」
「駄目なんて言ってねえ」
「でもこの前起こしたら『起こすなよ』って言った」
「あー…この前はこの前だろ」

 相変わらずの目つきで、気怠げに首のうしろを掻くと、まだ少し眠そうな声で、「お前がさっさと起こさねえから寝すぎた」と呟く。眠そう、なんだけど、少しむすりとしたような声。いや、寝起きだからむすっとしてるのか。眠いのとむすっとしたのが合体してるのか。一人で納得していると、田噛がじーっと、背中を樹に預けたままの私を見る。視線だけで彼の気持ちが分かるほど、私たちは通じ合えてない。

「寝すぎた、って?田噛この後何か用事あるの?」
「……」
「…」
「あ?」

 ほらやっぱり通じ合えない。田噛はますます眉を顰めた。何いってんだこいつ、みたいな顔だ。

「お前それ、本気で言ってんのか」
「…え…」
「…お前が出掛けるっつったんだろ」
「……え?」
「あぁ?」
「田噛、おぼえてたの?」
「は?」
「私との約束、覚えてたの?」
「何言ってんだお前」

 寝ぼけんなよ、と付け加えられた。べつに全然寝惚けたつもりはないんだけど。今のいままで寝てたのは田噛のほうなんだけど。頭の後ろをがりがり掻いて、田噛はやっぱり気怠げに、「寝んなよ」と私に向かって言った。寝てたのは、うん、だから、田噛のほうなんだけどな。仕方なく言われた通り、体を起こす。名残惜しくも背中を樹から離した。二人お互いにぼーっと暫く見つめ合って、やがてもう一度、私は尋ねる。

「私との約束忘れて、寝てたんじゃないの?」
「…あ?」
「それか、めんどくさくなって、すっぽかしたんじゃなかったの?」
「……はあ?」
「でも私は、それでもいいやって思ってたよ。田噛がめんどくさいこと嫌いなの知ってるし。ああ当日になって結局私と出掛けるのめんどくさくなっちゃったのかなって思ってた。私が勝手に言い出して、私が勝手に楽しみにしてただけだし、田噛がめんどくさくなっちゃっても仕方ないやって」
「…お前、」
「怒らないよ、私。怒るわけない。田噛がめんどくさいこと嫌いなの知ってるから。嫌なことさせたくない」

 話のわかるいいこちゃんぶりたかったわけじゃない。本心だ。全部私の勝手なんだから、田噛に嫌がられてまで気持ちを押し付けるべきじゃない。私の言葉に、田噛は口を閉ざしていた。

「…出かけなくてもいいから、今日一緒に過ごしてもいい?」
「……」
「あ。駄目だったらいいんだけど。でもうるさくしな…」
「お前は」
「え?」
「滅多に俺に意見しねーとは思ってたが…気ィ遣ってたわけか」

 低く、不機嫌そうな声。むすっとした表情。怒らせたかな?でも何に怒ったんだろう?と私はしばらく考える。その間にも田噛の不機嫌さは変わらない。とりあえず「ごめん」と口にしてから、頭をおずおず下げようとしたところ、田噛の手が伸びてきた。両手で私の頬をガッと押さえたかと思うと、無理やり上を向かせる。ぐぐぐ、と徐々に力がこめられて、顔の中心に頬の肉が寄っていって―…

「はにゃひ、へ」
「…その顔すげーぶさいく」
「はにゃひぇ!!!」
「怒れんじゃねーか」

 言うなり、パッと田噛の手が私の頬から離れた。頬をさすさす擦りながら、私はぽかんと田噛を見つめる。怒れるんじゃないか、って。どういう意味だろう。今の「離せえ!」はべつに、そういう、怒ったってほど怒ってないんだけど。またべつの話じゃないだろうか。っていうか私が、田噛に怒れなかったら、なんだっていうんだ。田噛は私が怒らないから、むすっとしていたっていうのか。

「あの、田噛…」
「思ったこと言ってこねーでめんどくさく溜め込まれるほうがめんどくせー」
「え、あ、ご…ごめん…?」
「あと他人の話を聞け」
「ええっ?」
「お前との約束忘れてたとかすっぽかしたとか、一言も言ってねぇだろ」
「だ、だって田噛『あ?』とか『は?』とかばっかりで…!」
「あ?」
「ごめ…じゃない!だから!そういうの!そういうところ!だってそもそも、すっぽかしたんじゃないならなんで館の中にいなかったの?一緒に出かけるのにわざわざ別行動する意味なんか無いじゃん…」
「あー…あるだろ」
「なんで」
「揃って一緒に出掛ける所なんか他の連中に見られたらめんどくせぇ」
「…、……それ、は…」
「……」
「…そう…かもしれないけど…?」

 言葉通り面倒くさそうに田噛が顔を顰める。めんどくさいことが嫌いな田噛らしい表情と、言い草。
 確かに、想像するとなんとなく…厄介そうだ。朝、食堂で斬島と佐疫に「二人で出掛けるのか?」って生暖かい視線を送られて「めんどくせ…」って顔する田噛が想像つくし、廊下で会った平腹に「どこ行くんだ?なにそれ楽しい?二人だけで行くんかよ?」って言われて「めんどくせぇ…」って顔する田噛も想像つくし、玄関のとこで木舌と谷裂に会って「お二人さんこれからデート?」ってからかわれたりフンッて鼻で軽く笑われて「めんどくせぇ」って顔する田噛も想像つく。…いや、これ、めんどくさがってるのかな?恥ずかしがってるのかな…?照れ隠し…?なのかな…?

「…でも普通…別々に出るにしたって『外で待ってるから』くらいの一言があるべきなのでは…」
「……」
「私…すごい探したんだけど…」
「…めんどくさかった」
「やっぱりめんどくさかったんだ!私に大事な一言伝えるのとか、私と出掛けるのとか、私と付き合うのとか、田噛やっぱり、めんどくさいんだ!」
「お。怒った」
「お…怒って…ない、けど」
「そこは怒れよ。遠慮されるほうが面倒くせぇ」

 うぅ…と口をへの字にして小さく唸りながら、田噛を見る。田噛はそんな私にもいつも通りの視線で応えるだけだ。目付きの悪い三白眼。ほんのすこしの間にらめっこをして、結局やっぱり、徐々に視線を下降させていったのは私の方だった。
 たいしたことないよって佐疫たちに言った。怒るわけないよって木舌たちにも田噛本人にも言った。けど、なんかやっぱり、悲しいような寂しいような気持ちは、心のどっかにある。

「…だって遠慮しなかったら、私すっごくめんどくさい女になると思う」
「あ?」
「田噛のこと好き好きって騒ぐしもっと一緒に出掛けたいとか一緒にいたいとか言うし今日の服可愛い?っていちいち聞いたり田噛の好きな漫画とか音楽とか知りたがったり自分も好きになりたがったりすると思うしすっごいすっごいめんどくさい女になっちゃうと思う」
「……」
「めんどくさいって思われるの嫌だから…」
「…」
「嫌われるの怖いし…」

 だから、「嫌われないように」「めんどくさいこと言わないように」って意識しなくちゃ。そうしないと、私田噛のことが好きすぎて田噛にめんどくさがられてしまう気がする。しょぼしょぼ、ぼそぼそとした私の打ち明け話に、田噛は途中から「あ?」とも「は?」とも言わなくなってしまった。言わないほうがよかったかもしれない。ウワッそんなふうに思ってたのかよめんどくさいやつだな…ってどんびきされたかもしれない。こわごわと視線を上げて田噛を見ると、田噛も私をじぃっと見つめていたせいで、またにらめっこみたいな沈黙が流れてしまった。

「……田噛」
「…あ?」
「めんどくさいって、思った?」
「まあ、面倒くせえな」
「!? そんなはっきり…」
「けどお前に関しては多少面倒くせぇくらいが丁度いいだろ」
「…え?」
「面倒くさくてもいいっつったんだよ」

 え、え、と私が混乱して、もっと詳しく説明を、と求めるのも虚しく田噛がその場からひょいと立ち上がって、もう私から視線を外し「あー、だりぃ」とぶつぶつ文句を言いながら一歩歩き始める。慌てて追いかけるように立ち上がって、その背中に「待って、待って」と呼びかけた。それでも振り返ってくれない。

「ね、ねえ、田噛!」
「予定より遅い出発だが…まあいいだろ。出掛ける。行くぞ」
「えっ…う、うれしいけど、待って田噛!さっきの、どういう意味?田噛、めんどくさいの嫌いでしょ?」
「…面倒くさいのは嫌いでもお前の事は嫌いになんねぇよ」

 ぎりぎり、耳に拾えるくらいの小さい声。私の目を見て言ってはくれない、その理由。さすがに察して、私はその場で呆然と突っ立って、自分の耳に入った彼の言葉を何度も頭のなかで繰り返して、それから、やっとの思いで足を動かし、ぱたぱたと田噛の隣まで駆け寄った。隣に並んだ私の存在に気付いてるはずなのに、田噛はやっぱり視線を動かさない。でもこればっかりは、直接的な言葉で言われなくても、なんとなく、通じてしまう。伝わってしまう。わかってしまう。

「た…田噛って結構、私のこと、好き、だね?」
「…」
「あ、愛のなせるわざだよね…!?あの田噛が、めんどくさいの嫌じゃないって言うなんて…」
「…さっそく面倒くせえ」
「でも、嫌いにならないんだよね?」
「……ほんと面倒くせえな」
「あ!あの、田噛!これ、今日の服かわいい?」
「あー…そうだな」
「カッコイイかカワイイで言ったら…?」
「…かわいい」
「!!」
「…あー…。やっぱりもう少し面倒臭さ抑えろ」

 一種の感動すら覚える。目をきらきらさせて田噛を見上げている私を、ちらっと一瞬横目で見たかと思うと、田噛は大袈裟に距離を取るように私の頭を片手でぐぐぐっと押しやった。でももう全部照れ隠しみたいに思えてしまう都合よくって面倒な私は、へらへら笑う。「バカだろ」って呟いた田噛の横顔がちょっとだけ機嫌が良いように見えたので、私はもっと口元を緩ませて、隣を歩いた。
 君に愛される私にならなきゃって思ってた。でももうとっくに、君の事が好きな私を、君は愛してくれてたね。


(愛したつもりで実は愛されていた)