「す、素敵でしたね!私あんまり、えーと、クラシックとか詳しくないんですけど、すごい、すごかったですね!」
「それは良かった。を誘って正解だったね。お気に召した?」
「もっちろんです!災藤さんに誘っていただけて光栄です!とっても有意義な時間を過ごせました!」
「そう。特にどの曲が?」
「へっ」

 音楽に疎い私がコンサートなんて、災藤さんに誘ってもらわなかったら絶対この先経験することもなかった貴重で有意義な時間。会場で浮かないように、そして何より災藤さんと並んで歩いても恥ずかしくないように、きちんと綺麗におしゃれしてぴしっとお上品に座って演奏に耳を傾けて…いたのはたぶん最初の五分くらいだったと思う。有意義な時間はとってもあっという間だった。いや、本当に。…うとうとしてたら、いつのまにか、終わってたんだよなあ。
 しかしそんなこと誘ってもらっておいて、上司の、災藤さんのお誘いを受けておいて、本当、言えるわけがない。私は明後日の方向に視線をやりながら、えーっとそうですねえ…とごにょごにょした。災藤さんのにこにこ笑顔がつらい。

「えーと…えっ…なんだったかなー…曲名とかはちょっとこう、覚えてないんですけど…」
「おや、残念。だけど、私も同じ。今日の演奏はあまり頭に入って来なくて」
「えっ!そうなんですか!」
「隣ですやすや眠っている誰かさんが可愛くて、そちらばかり気になってしまってね」
「へー、えっ、へっ!?」

 真っ赤になって間抜けな声をあげる私に、災藤さんが笑う。私の様子がたのしくってしかたないみたいに、くすくす笑う。私は恥ずかしくて顔が熱いまま、肩を縮こませた。

「す、すみません私のせいで災藤さんの集中を妨げてしまって…!」
「ふふ、謝る必要がどこに?私は楽しい時間を過ごせてとても満足しているのだけど」
「楽しいですか!?叩き起こしてくれてよかったんですよ!?」
「もったいない。せっかく無防備な寝顔が見られたのに、起こすなんて」
「……災藤さん、最初から想定内ですね!?誘ったときから私寝るだろうなーってちょっと思ってましたね!?」
「ちょっとどころか、かなり」
「かなり!?計画的じゃないですか!!い…っ」
「い?」
「…、…い……いじわる…?」

 勢いのまま叫んでしまえればよかったのに、踏みとどまって一旦はたっ、と我に返ってしまったせいで、自分の感情に戸惑いがうまれてしまった。上司に向かって、というのもあるけど、でも、「災藤さん」にむかって「いじわる」って言うの、なんか、あれ?って疑問を抱いてしまう。「やさしい」という言葉が似合うひとに向かって、「いじわる」って言おうとするの、なんか、「これってイジワルなのか?いじわるって、なんだっけ…」って突然頭が混乱してしまう。私が今漫画の中の登場人物だったら目の中ぐるぐるうずまきになってる。そしてやっぱりそんな私の様子に、災藤さんは(満足そうに)愉しそうに、微笑む。

「私が?なるほど、お前にはそう映っているの」
「えっ、いえっ」
「この後美味しいものをお腹いっぱい食べさせてあげようと店を取ってあるけれど、私はにとっては『意地の悪い男』、と」
「いいえ、とんでもない!めっそーもございません!世界で一番やさしいです!」

 両手を組んでぶんぶん首を振って、いいやもう、見えない尻尾さえも振って、崇め奉るようにきらきらした眼差しを災藤さんに向ける。災藤さんの用意したお店なんて、ぜったい素敵なお店に決まっている。ぜったいおいしいもの食べられるにきまってる。私の尻尾の振りように、災藤さんは口元に手を添えながら、くつくつ声をおさえるように笑った。その笑顔はとぉっても、

「ほら、私以上に優しい男はいないでしょう?



世辞と手管と悪戯と