「こんにちは」
「…こ、こんにちは」
思ったよりも気さくに挨拶されて、ちょっとどもってしまった。人見知りのくせに気まぐれに店番を買って出るんじゃなかった。少し恥ずかしい。それにしてもにこやかな挨拶。この話し方は、うん、やっぱり外人さんではないみたい。いや外人さんだとしたら日本語めちゃくちゃお上手。こんな田舎の小さな和菓子屋には不釣り合いなその人は、店内をぐるりと見渡して、何かを確かめるようにふむふむ頷いていた。それでも表情は穏やかというか、優しげだ。
「お店の方は、今は貴女お一人?」
「あ、はあ、あの、祖父の店で。今、ちょっと席を外してまして、その間だけ、立ってろって…」
「なるほど」
「あ、でも、レジ打ったり、包んだりとかはできるので、立ってる以外もあの、できます」
「そう。しっかりしたお嬢さんだね」
立ってる以外もできますってなんだよ、っていうか話し始めに「あ、」って付けちゃうのコミュ障の典型だってどっかで言ってた治したい。でもなおらん。男の人は少し屈んで私に話しかけてくるんだけど、よく見たらすごく綺麗な顔立ちをしていて、ああこう見るとやっぱり外人さんのセンもあるのでは…?と悶々としてしまう。というか、そんな人ににこにこ話しかけられて、緊張しないわけがない。だけど、せっかく話しかけてくれたのだから、沈黙してしまうのは失礼な気がする。にこやかな接客が大事だと母が言っていたきがする。
「ところで、お嬢さん。どれも美味しそうだけれど、特におすすめは?」
「お、おすすめですか」
「部下達にお土産を買って行きたいのだけれど」
「…おすすめ………あ!この間、地域の新聞で取り上げてもらった…えっと、あ、これです!」
「おや、可愛らしい見た目のお菓子だこと」
「は、はい!えっと、見た目が可愛くて女性にも人気だって、書いてあった、ような…」
「ふふ、そう」
「あ、え、えと、すみません、あの、人づてというか、『あったような』みたいな適当なおすすめしかできなくて…」
「いいえ、お気になさらず。お嬢さんは実際に試食はされた?」
「え…はい…」
「美味しかった?」
「はい!とっても!」
「その笑顔が何より参考になる。こちらを頂いても?」
柔らかい笑みに私は一瞬見とれて、「はい!」と返事をするのが遅れてしまった。慣れない手つきであわあわと品物を袋に詰める私を、その人はやっぱり、微笑ましそうに見守っている。もたもたしている間になんとか場を保たせようと、私は手を動かしながらそれとなく口も動かした。
「…あ、あの…」
「何か?」
「ええと、ご、ご旅行ですか?何もないところですけど、ここらへん」
「旅行…とは少し違うかな。一応、仕事で」
「出張、ですか…あ、そっか…部下達に、って言ってましたし…」
「ええ。可愛い息子達の様な存在で。なんだかんだで食べ物のお土産が一番喜ぶから」
「な、なるほど…あ、でも、ご当地で有名なお土産だったら、駅の方にたくさんありますよ。うち、ちっちゃい和菓子屋さんだし…ご近所さんの利用でなんとなく経営できてる感じだし…」
「そんなご謙遜を。とっても美味しいのでしょう?貴女のお祖父様の作る物は」
「…はい、すごく、美味しいです…美味しいと思います、私は…」
「それなら、やっぱり私はこの店の物を買って帰りたい。それに、我々にとっては、『この世』にしかない物は何であれ珍しいので」
その物言いに何か引っかかって、私はふっとそちらを振り返る。にこやかに微笑んでいるその男性。あれ、今なんかちょっと、変な言い回しだった気がしたんだけど、何がどう変だったのか、直前のことなのによく思い出せない。
「ええと…遠い所から来たひとなんですか?」
「…ええ。遠いといえば、物凄く遠い所。ある意味、すぐ裏側というか、隣合わせに在る様な場所だけれど」
やっぱり、少し、おかしな言い回しだ。私は綺麗に包んだ箱を紙袋に入れながら、相手の表情を確認せずに、「へえ、なんだかよく分からないけど、ちょっと行ってみたいです」なんて適当なことを口にする。するとさっきまで流れるように続いていた会話がそこで途切れたので、はた、と私は顔を上げて、男性の反応を見た。おかしなことを言ってしまった、と後悔しかけた頃、その人は、クスッとちいさく笑った。それまでの柔らかい笑みとは、少し違った。
「貴女みたいに可愛らしいお嬢さんには、そう近いうちに来ては欲しくない場所ですよ」
「…え…、そう、なんですか…?」
「ええ。出来れば、来てほしくない」
「す、すみません…?」
「謝ることでは。此方こそ、無礼な物言いに聞こえたのなら謝りましょう」
「いえ…」
「代金はここに置けばいいのかな。お土産、綺麗に包んでくれてどうも有り難う」
こちらが戸惑っていると、また最初のような柔らかい微笑みに戻って、レジのトレイにお金を置いて、私の手元から紙袋をひょいと持ち上げた。代金はお釣りの要らないぴったりの金額で払われ、私は何も言えずその後ろ姿を見送りそうになって、ハッと我に返る。弾かれたように「ちょっと待って!」と大きめの声を出したら、ドアに向かって歩き出していたその人が、おや、と振り返って首を傾げた。私は慌ただしい手つきで一つの和菓子をショーケースから取り出して、紙袋とは別の小さな袋に入れると、出口の前で立ち止まっていたその人のところまで駆け寄って、「どうぞ」とその袋を差し出す。
「これは?」
「お、おまけ…です。もらってください」
私の言葉に、男性はきょとんとまばたきをして、やがて肩を揺らして控えめに笑い声を上げた。
「サービスのし過ぎで店主に叱られないように、気を付けて」
「こ、これくらいなら平気です!な、なんだったら私のお小遣いから引いてもらいますし!…あの、お土産分じゃなくて、ええと、ご自身でも、どうぞ召し上がってください」
「有り難く頂こうかな。お嬢さんにせっかくお勧めしてもらったのだから」
私の手からそれを受け取ると、もう一度、「どうもありがとう」と笑って、今度こそ歩き出して出口に向かう。ぼうっとそれを見送って、ハッと、ありがとうを言うのはこちらだということに気付いて、大きな声で「ありがとうございました!」と頭を下げた。深く深くお辞儀をして、ゆるゆると顔を上げた時、もうその人の姿は無い。入れ替わるように、祖父が表の入口から入ってきた。
「ああ、。留守番ありがとう」
「…え…あ、ああ、ううん、大丈夫。ねえ、今店から出てった人がね」
「ん?店から出て行った人?」
「うん。え、たった今だよ!すれ違ったでしょう?すっごく背が高い男の人!」
首を傾げる祖父に、私はなんだか妙な感じがして、思わずバッと店から飛び出した。店の前の通りは直線で、人通りもこの時間多くない。まだその背中はそう遠くまで行っていないと思ったのに、きょろきょろ見回して、いくら目を凝らしても、その人の姿は見当たらなかった。まるで、消えてしまったみたいだった。まるで、還ってしまったみたい。私の知らない、どこか遠くに。