バレンタイン・マジック
きっかけは、たまたま二人で買い出しに行った先で見た、お店に並ぶピンクや赤や茶色だった。
「わー、見てよ佐疫。バレンタインデーだって。いいなあ……」
「いいなあ、って?」
可愛らしい箱に入って、リボンをかけられて、あちこちに並んでいるチョコレート。それを眺めて羨ましそうな声を出すに、何が羨ましいの、って尋ねながら、なんとなく答えに予想がついて俺は少し笑ってしまう。は甘いお菓子が大好きだからきっと、「チョコレート貰えるひとはいいなあ」って意味だろう。そう思っての返事を待っていたけれど、返ってきた答えは俺の予想とは違うものだった。
「みんなさあ、選ぶのとか作るの楽しそうなんだもん。きゃーきゃー盛り上がっちゃってさあ」
「えっ?」
「渡す相手がいないと、そういう楽しいことできなくてつまんなーい」
「ああ……そっち?」
「そっち……って何が?」
貰えるのいいなあ、じゃなくて。渡せるの、いいなあ、なんだ。意外だった。が食いしん坊だって勝手に決めつけちゃってたみたいでちょっと申し訳ない。覗き込んでくるの視線を誤魔化すように「なんでもないよ」と苦笑したら、ふうんと口を尖らせては前へ向き直った。隣を歩きながら、ちら、と彼女の唇の先を見る。尖ってるなぁ……つまんなそうだなぁ……。
「あ……じゃあ、渡す相手がいるつもりで選んでみたら?」
「つもり? ……うーん、でもなんかさみしーやつじゃん! 本当はいない相手に妄想って~。そのチョコ最終的に自分で食べるってことでしょ~? もっとこう……現実的にわくわくしたいの!」
「そっか……あ、じゃあ俺もら……」
あれ、なんか、自分で言いかけて恥ずかしい。「俺がもらってもいい?」なんて。
深い意味はない、というか、軽い気持ちの提案だったはずなのに、いざ言葉にしてみると急に、へんなことを口走ったような気になる。言いかけて勝手に赤くなって口を押さえた俺を、はしばらくきょとんと見上げていた。そして不意に手を叩き、「なるほど、その手があったか!」の顔になる。
「そっか! 佐疫のこと好きだと思えばいいのか!」
「……、……」
「え、なんでそんな微妙な顔なの」
「いや、うん、なんか……そう言いきられると複雑で……」
「いやナイスだよ、佐疫! 急にわくわくしてきた」
「そ、そっか……」
たしかに、さっきまで尖っていた唇が、今はにっこにこの笑みを作っている。急に元気だ。キラキラし始めてる。そんなと対照的に、俺は、なんだかなあ、ってちょっと肩を竦める。いや、自分で言いだしたことだし、は元気になったし、楽しそうだし、いいんだけど。
そうと決まれば、とが俺の顔を見る。真剣に、きりっと。俺は慌てて背筋を正す。
「ええっとね、当日の予定は空いてる?」
「俺の? ああ、うん。大丈夫だったと思う」
「よかった! 佐疫、どんなチョコレートが好き? ケーキとかクッキーとか、そういうのの方がいい?」
「うーん……」
「コーヒーに合うのじゃなくて、紅茶に合う方がいいかなあ。お茶? あっ、和菓子っぽい感じの方がいい? 甘すぎない方が好き?」
「わ、ちょ、ちょっとストップ! 一個ずつ考えさせて!」
「わかった! 一個ずつ教えて?」
大真面目にうんうん頷いて、は俺の好みを聞いてきた。こういうのとああいうのならどっちが好き?とか、こういうの貰ったら嬉しい?とか。それに俺は一個ずつ答えていく。が渡してくれる想像をしながら。こんな、ごっこ遊びみたいな始まりなのに。なんだかんだ渡すときには照れくさくて赤くなったりするのかな、とか。この流れ、買う方向なのかな、手作りの方がいいって言ったら手作りのものになるのかな、とか。
帰り道もずっと、二人で並んで話しながら歩く。楽しく笑いあって、もう少しで館に着くという頃、ぴたりとの足が止まった。
「なんか……」
「うん?」
「佐疫に喜んでもらいたいなーとか、好きなもの知りたいなーとか、ずーっと佐疫のこと考えすぎて……」
「……うん」
「…………今私佐疫のこと好きかもしれない」
「うーん……」
俺もだよ、って降参したような台詞を吐いたら、すっかり二人して顔が赤かった。