続・マイリトルレディ!



「肋角さんはわたしによくじょーしないんですか!?わたしがこんなちんちくりんだからですか!?」
「……今日は一体なんの話だ?」

 机仕事は一段落したのか、執務室の窓の近くで休憩に煙草を吸っていたらしい肋角さんが、部屋に入ってくるなりぷりぷりしているわたしを振り返って、煙草から口を離した。だって、あの日ちゅーして以来、何もしてくれない。たしかにあれは大人っぽいキスだったけど、あれ以来何もしてこないなんて、やっぱり疑ってしまう。わたしの見た目が、子どもだから。キスだって一時の勢いというか、わたしがうるさいから仕方なく…とか、あんなのは肋角さんにとっては猫さんにするようなキスと一緒…とか。とにかく、疑ってしまう。

「だって、キスしてくれたのあの一回きりですし……ふつう、そりゃあ最初の一回はきっかけが必要であったとしても、一回しちゃえばその後はもっとしたいって思うものじゃないんですか!ぐいぐいっと!」
「あまり頻繁にしてやっては身が持たんようだからな、お前が。一度しただけでひどく騒いだだろう」
「あれは肋角さんのちゅーがえっちだったからですよ!」
「"欲情"したからな」

 さっきわたしが喚いた、「欲情しないのか」という文句を受けて、わざと強調するように言った。うぐ、と身を引いたわたしに、ちょっと意地悪く肋角さんの口元が弧を描く。それだけに留まらず、からかうような言葉を重ねた。

「だがまあ……文句を言ったわりに、"一度したらその後もっとしたくなった"んだろう?先程のお前の言い分だと」
「うっ…、墓穴を掘ってますか、わたし……」
「そうだな。かなりの大きさの穴をな」
「ち、ちがいます!もっとふつうのキスを想像していたんですよ、わたしは!寝ているお姫様に王子様がするようなやつを!」
「…そうか。生憎と俺にはその普通が分からなくてな。一つ手本を見せてくれ」
「てほん?」

 煙草を灰皿に押し付けると、わたしに手招きをする。その通りにわたしは肋角さんの傍までひょこひょこ近付いた。てほん?お手本?首を傾げて言葉の意味を考えて、ハッと理解した瞬間、わたしは間近でキリンさんを見上げるくらいに首を上へ向けて、肋角さんに抗議した。またそうやっていじわる言って!

「無理ですよ!」
「ほう。何故だ?お前からしたらいけないなんて決まりは無いぞ」
「…みっ見たらわかるじゃないですか!ほらっ!とーどーきーまーせーんー!」

 言いながら、肋角さんの前で爪先立ちしてみせる。片手を伸ばして、ぷるぷるさせて。やっぱり届かないので、手を伸ばしたままぴょんぴょん飛び跳ねてみた。とどかない!かすりもしない!この間はソファーの上だったから気にしなかったけど、キスなんて、肋角さんが立ってるときは絶対できない。じゃあ椅子に座ってやろうか?屈んでやろうか?って言われてしまったら、それは、覚悟を決めてやるしかない流れになってしまうんだけど。自分からするのはさすがに恥ずかしいというか、どうしたらいいのかわからないというか。せめてもの抵抗で「無理!」と言った。手を伸ばしてぴょんぴょん、ぴょんぴょん、していた、ら、

「うひゃっ!?」

 大きな手がわたしの両わきにぬっと伸びてきて、気付いたら足の爪先が地面につかなくなった。あんまりにも軽々、ひょいと、猫さんや子どもを抱き上げるみたいに持ち上げられてしまう。視界が急に変わったことにびっくりして思わず、肋角さんの肩を掴む。さっきまでどれだけ見上げて手を伸ばしても届かなかったのに。

「ろ、ろっかくさん…!」
「これでいいな。届いただろう?」

 急に、顔が近い。あと位置が高い。足ぷらーんってなってる。いろいろな意味でドキドキ落ち着かない。至近距離で見つめてくる肋角さんの目が、今更逃がさないぞといっている気がした。心臓がうるさくって、後に引けないこの状況に焦り始める。恥ずかしくってたまらなくなって、肋角さんの肩に置いた手に力が入った。ああでもぜったい、やるまでおりられない気がする…!覚悟を決めて、目を瞑って、唇をきゅっと結ぶ。そのままそーっとそーっと顔を近づけた。

「……、…う?……」

 唇と唇はちょんと触れる。触れるけど、本当にちょっと唇の先がかすっただけというか。ちょっとさわったかなーくらいの感覚。一度離して、目は瞑ったままに首を傾げる。傾げたことによって、あっそうだきっと角度に問題があるんだ!と閃いて、ちょっと斜めを保ったまま、もう一回唇を近づける。やっぱり、触れるといえばふれるけど、ただちょっとさわるだけ。
 いや、うん、キスって唇を唇で触れることだし、合ってる…合ってる、はず?あれ、でもこれだけでよかったっけ?あれ?急に不安になってきた。顔を離して、おそるおそる目を開ける。肋角さんの顔が近い。本当に近い。

「なるほどな。今のがお前のしたかった"普通のキス"か」
「え……う…」
「どうした、不満そうだな。お前がしたかったことは、これじゃないのか?」

 間違えてない、はず。けど、なんだかおもってたのと違うというか。なにか、物足りないような気がする。への字にした唇がうりゅ…と震える。だめだ、やっぱりどうしたらいいのかわからない。正解が、やり方が、わからない。

「や……やっぱりできないです……肋角さんが、おてほんしてください……」

 情けなく震えた声が出てしまった。だって、かっこわるくて恥ずかしい。鼻息荒くこの部屋に乗り込んできたくせに、だ。しおしおと眉を下げるわたしを、肋角さんはじいっと見つめる。鼻と鼻がくっつきそうな距離で、じいっと。そしてその視線を逸らさないまま、低く落ち着いた声でわたしに尋ねる。尋ねる、というより……言質をとる。

「俺がすると"普通"じゃなくなるが、それでいいんだな?」

 いじわるな顔はしていないのに、悪魔のささやきみたいに頭の中に響く。頷いたら負けのような気がしてしまう。なのに気付けばおずおずとわたしの首は縦に動いていた。

「え…えっちなキスでいいです……」

 まけてしまった。恥ずかしいせりふを口にした自覚でじわじわ顔に熱が集まって、そんな様子すら肋角さんがじーっと見てくる。かとおもえば、わたしの恥ずかしがっている様子をたっぷり堪能した後に、肋角さんの口元が、ふ、と歪んだ。あ、それ、いじわるするときの顔だ…!

「ろっ、」
「俺の首の後ろに腕を回せ。落ちるんじゃないぞ」
「へっ!?え、は、はい!?こうですか!?」
「まあ、落とす気はないが」

 突然、仕事の内容を告げるような声のトーンで指示が飛んできて、ほとんど反射的にその通りに動いてしまう。肩に置いていた両腕を肋角さんの首の後ろに回して、ぎゅっとしがみ付くような形になった。肋角さんの腕がわたしの背中に回されて、広い胸にわたしの体を押し付けるように肋角さんからも抱きしめ返される。密着度にどきっとした。少し首を動かして顔を向ければ、肋角さんと視線が絡んで、その直後にぐっと顔が近づいてきて、お互いの唇の距離がゼロになる。

「んっ!……、…ふ、」

 押し付ける、重ねる、貪る。そんな表現をつかうことがきっとふさわしい気がして、つくづく自分がさっきしたキスとは全然違うことを実感してしまう。わたしのしたのなんて、こどもの戯れみたいなキスだった。唇の間から、舌が侵入してくる。以前と同じ、ぞくっとした感覚に体が震えた。

「んむ、…っ、ふぅ、…ん、ぅ」

 ひっこんでいたわたしの舌を探り当てて舌先で突いて、お前も動かせと促される。つたない動きで真似るように舌を伸ばすと、簡単に絡めとられてしまう。舌が意思をもった生き物みたいに動いて、なんだか本当にそのままわたしを飲み込もうとしてるみたいで。唾液を絡ませて、ぐちゃぐちゃに口の中を肋角さんの舌がおかしていく。あまく舌を噛まれたかと思えば、上品とは言えないような音をたてて強く吸われる。

「ひ…っ、ひた、たべちゃ、らめ…っ!」
「…ふ、あんまり美味くてついな」

 食べたわけじゃないだろ、とも言わず、うっすら開けた視界の先で、肋角さんが愉しそうにわらう。文句はまたすぐにキスに飲み込まれる。ほんとうに、肋角さんにたべられてるみたいだ。ぐちゃぐちゃ、ぐちゅぐちゅ、音だけでも恥ずかしくなりそうなキスに、ぞくぞくがとまらなくなって頭が真っ白になる。息が苦しくなって、ぼーっとしてきて、なんにも考えられなくなって。
 肋角さんの手のひらが、ゆっくりと、体の形をなぞるようにわたしの腰を撫でた。片方の腕はぐっと私の背中に回されたまま、ほとんど片腕でわたしの体を支えている。落ちないようにぐっと自分の胸に押し付けて。だから片方の手は自由のようだった。その手が、するするとわたしの太腿の方まで撫でていく。

「ん…っ、んん!? 、ひゃっ!?お尻さわっ、ぁむっ!?ん゛ーっ!」

 びっくりして大きめになった抗議の声が、無理やり塞がれる。体を撫でる手つきが、からかうとかいじわるとかそういうのじゃなくて、ぞわっとするくらい、やらしい。大きな手のひらがこっちの羞恥心を煽るようにお尻を撫で上げあげる。足は宙に浮いたままで、力が入らない。足先がじたばたするどころか、びくん、びくん、と初めての感覚に反応することしかできない。
 じゅるっ、て音を立てて唾液を飲み込んで、肋角さんの唇がやっと離れていく。それでもうまい呼吸の仕方を忘れたみたいに、はーっはーっ、って、わたしはしばらく口を閉じることができなかった。口の端から垂れた唾液を肋角さんがべろりと舐めとる。それすらびくびくと体が反応して、もう腕に力が入らなくなる。しがみついていた手をずるずる下ろしてもちっとも自分の足が地面に着く気配はなかった。これ、わたしの体が落ちないように抱きしめてくれてるっていうより、どちらかというと、逃がさないように拘束されてるみたいじゃないですか…?

「ろ…っかく、ひゃ、…の……えっち…ッ!!」
「そうだな。否定はしないが。"そういうふうに"触ったからな」
「ひ、ひらきなおりだ……」
「俺は最初から隠していないだろう。お前が勝手に"欲情しない"と決めつけただけで」
「だからって、こんな、いきなりこんな、えっちなの……だめっ!めっ!です!」
「少し触っただけだ」
「すけべなひとはみんなそういうんです!!おさわり禁止です!」
「……」
「い、言ってるそばからっ!どこさわってるんですかっ!!ろっかくさんのえっち!わああん!えっち!!」
「……」←本当にちょっと触っただけだと思っているのでおあずけにされることにすごく不服そうな顔をしている