マイリトルレディ!



「なっとくいきません~!」

 部屋の入り口でふるふる怒りと悔しさに震えるわたしを横目に通り過ぎて、肋角さんはさっさと部屋の中心のソファーにどっかりと腰かけた。たいして気にしてなさそうな、平然とした表情。対してわたしは、口をへの字に、いやもう半泣きで、棒付きキャンディの棒を握りしめていた。そう、ぐるぐる、子供だましみたいな色と見た目の飴ちゃんを!

「ひどいです!これ、ぜったい小さい子にあげる用のアメちゃんです!あのお店のひと、ぜったいわたしのこと子どもあつかいしてました!『おつかいえらいね~』って目で見てました!」
「そう怒るな。善良な市民からの差し入れだと思って受け取っておけ」
「ヤ~です!こんな、こんないかにもなアメちゃん……せめてチョコレートとか…クッキーとか…」
「……(基準が分からん)今度買ってやる。機嫌を直せ」
「いやべつにたべたいわけじゃなくて!そーじゃなくて!」

 じたばた、ぶんぶん、両腕を振って、この行き場のない感情を訴える。肋角さんは、気にしてないけど。気にしてないけど!

「せっかく久しぶりに肋角さんとおでかけだったのに……」
「……」
「なのに……行く先々で…仲のいい親子のようなあつかいを……」
「…ふっ」
「今わらった!わらいましたね!?ろっかくさん!?」
「いや、思い出し笑いをな」

 口元を片方の手で少し隠しながら、肋角さんは笑う。思い出し笑いって。どれです?手を繋いで歩いてたら「手ぇ繋いでえらいねェ、迷子にならないようにねェ」って言われたこと?お店でかわいいお人形さん眺めてたら「お父さんにおねだりしなねぇ」ってお店のひとに言われたこと?手を繋ぐのがダメならと腕を組もうと思ったけど身長差がありすぎてしがみつくみたいになっちゃうから諦めたこと!?

「くぅ……獄都のみなさんはやさしいですねぇ…ずいぶんおせっかいに"親子"に話しかけてくれますよねぇ…」
「お前もその場ではにこやかに上手く立ち回っていただろう」
「そりゃあ、へたに文句をいって特務室のひょうばんを下げたくないですし!しかたなく!しかたな~く、こどものふりをしたんじゃないですか!」
「ほう、そうか。なかなか芝居が上手いな」
「うれしくないですっ!わたしは肋角さんの娘じゃないです!肋角さんはイヤじゃないんですか!」
「何がだ?」
「こいびとが!こどもに!まちがえられても!」

 見た目だ。見た目の問題だった。どう考えても。自分の背丈が人間の子供でいうショーガクセーくらいなのはわかっている。ちっとも成長しない自分の身体を見下ろして、わたしはムーッと頬を膨らませた。対して、肋角さんが「大人」なのもわかる。背丈なんて、それはもうおおきくて、わたしと並べば巨人と小人だ。こんな見た目で、このひとの恋人です!なんて言ったって、誰も信じてくれない。そりゃあ、はたから見ればただの仲の良い親子だ。わかってる、分かってるけど、納得はできない!
 むすーっとしたまま、二人掛けのソファーの、肋角さんの隣に座る。でもまだむすーっとしていたいので、頬は膨らませて、腕を組んだまま。肋角さんはまた口元にちいさく笑みを浮かべて、「機嫌を直せ」と言う。

「……そりゃあ、こんなちびっこが肋角さんのこいびとだなんて知られたら、問題ですけど…」
「知らない連中の戯れ言など放っておけばいいだろう。周囲が何と言ったところでお前が俺の女という事実に変わりはない」
「…………ほんとに?」
「疑う余地があるのか?」
「肋角さんもわたしのこと、こどもだと思ってませんか……」
「……」
「ほんとうはあいしてないんだ……」
「…何故そう思う」
「キスしてくれないもん……」

 ぼそっと、その一言を口にしてしまう。言わないでいた不満を。考えたくなかった答えを。わたしはソファーの上で膝を抱えて、縮こまる。

「こどもとキスなんてできないんだ…」

 言っていて悲しくなってきたし、肋角さんを困らせてしまう、嫌がられちゃう、と頭ではわかっていてもわがままが口をついて出てしまう。肋角さんがじっ、とわたしを見ているのが、わかる。視線を感じる。ぐずぐず、もやもや、嫌になって、わたしはついに爆発したみたいに、ちょっと大きめの声で叫んだ。

「わたし、アメでよろこんだりしません!」
「……そうだな」
「お酒ものめるし、おしごとだってするし…」

 ソファーに手をついて、わたしはずいっと肋角さんに近付く。慌てず騒がず、肋角さんはわたしの行動を見下ろしている。わたしがポケットの中身に触れても、なんにも言わない。取り出して、一本、ぴっ!と眼前に晒す。

「たばこだって吸えます!ちゃんとおとなです!」
「…そうか」
「そうです」
「それなら、交換してやろう」
「……へっ?」

 何を言われたのか、理解できずにきょとんとするわたしに構わず、肋角さんは当たり前のように一本のライターを取り出した。すでに自分の手にあった一本の煙草。それと、ライターを交互に見やる。

「お前のそれと交換だ。食べないんだろう」

 言われて、さっきまで自分が握りしめていた「それ」を見た。まだ話が飲み込めなくて、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。こわごわとその棒つきキャンディを手に持って、「こ、これですか?」と肋角さんに確認する。頷く肋角さん。
 え、え?え?と混乱しながらも、ほらこっちによこせと当たり前のように促されては、素直にその包装をといて、肋角さんに差し出すほかない。受け取るなり、肋角さんがその飴をガリッと噛んだ。えぇ…ええぇ…。
 そして自分の手元に残った、たばこと、ライター。もういよいよ引き返せないような気持ちになってきた。自棄になって、慣れない手つきで煙草に火をつける。いや、こっちがくわえる方であってる?肋角さんが吸ってる様子を思いだしながら。おそるおそる口をつけて、すぅっ、と深く吸い込んで――

「けほっ!けほっ、ぅ、べぇっ!うぅ」
「不味いか」
「うう…にがい、へんな味がします…うぅ、にが、んむっ!?」

 気付いたら指から煙草が抜き取られていて、唇が塞がれていた。目を瞑るとか、そんな律儀な反応が咄嗟にできるはずがない。だって、しんじられない。自分のくち、に、肋角さんの、くち、が。
 もう何が起こっているのかなんにも頭で理解できずにいたら、唇と唇が触れ合うだけに留まらず、ぬるっとした感触が唇を割って入って口内に侵入してきた。思わず身を引こうとして、でもしっかりと肩を掴まれていることに気付く。逃げられない。

「んんっ!んむっ、ふぁ…ぅ、」

 甘いにおい。口の中が甘い。肋角さんのべろって甘いのか、なんて一瞬考えてしまったけど、それが砕いた飴の欠片が口の中に入ってきたせいだと遅れて気付いた。口の中で溶かすみたいに、肋角さんが舌で転がす。わたしの口の中で、肋角さんの舌が。ぞくぞくっ、と知らない感覚に体の奥が痺れる。思わず、肋角さんの服を小さく掴んだ。

「んう、ぅ……、ろ、っひゃ、…んん……んく、……ぁ…」

 あまい唾液をこくんと音を立てて飲み込んで、やっと唇が離れていっても、ぽやあっとして口が閉じられなかった。頭の中がぼんやりして、体に力が入らない。肋角さんの服をつまむ指も震える。自分の身に起きたことが、まだ信じられなかった。なに、いまの。なに、これ。きす?これが?いまのが?

「これでもまだ、俺がお前を子供扱いしていると思うか?」

 わたしの唇の端を軽く指で拭って、いじわるく微笑む。そして涼しい様子で、わたしから取り上げた煙草に口をつけた。そんな肋角さんに、ふるふると込み上げてくる、いろんな感情。かあーっと顔が熱くなって、叫びだしたくなって。いやもう叫んでしまおう、叫ばずにいられるわけがない!こんなの、だって、こんなのって!「ろっ、ろっかくさんの…」

「肋角さんのえっち!」
「、……何故そうなる。おかしなことはしていないだろう」
「えっちだったもん!は、はじめてだったのに…っ!こんなのえっちです!」
「…ほう……随分、先が思いやられるな」