「肋角さん。少し休憩されては如何ですか」

 飲み物をお持ちしましたから。私の声に、書き物をしていた肋角さんの手が止まった。目を通さないといけない書類がこの時期沢山で、目が疲れる、肩が凝る、とぼやいていたのを知っている。肋角さんは顔を上げて私の方を見て、そしてそれに応えるようににこ、と微笑んだ私をじっと見てから、一言、「そうだな」と零し、ペンを置いた。ふう、と疲労を追い出すように深く息を吐いて、気だるげに首を鳴らす。

「お煙草は?」

 書き物の合間の休憩には、よく煙草を吸ってらっしゃる。休憩時でなくとも、愛煙家のこの人は、いつでも周囲に煙草の匂いを纏わせているけれど。私がポケットに用意していたマッチの箱を取り出しかけると、やんわり制される。自分の用意したものがある、と。

「ねえ肋角さん、私がこの間差し上げたマッチ、使ってくださらないの」
「…ああ、あれか。そういえば、使っていないな」
「煙草だって、私が以前買って贈ったもの、吸ってくれていないでしょう」
「まあ、そう言うな。こればかりは俺の気分だ」

 煙草に火をつけるその手が好き、視線が好き、とっても絵になる。だからつれないことを言われたって、私はすっかり怒るのも拗ねるのも忘れて、目の前の光景に夢中になってしまう。ゆらり、煙が上がって。煙草を挟むその指を食い入るように見つめる。大きくて、ごつごつした手のひら。大人の男の人の手。ああ、その手で、触れられたらなあ。脳内を満たす甘い妄想に、心臓が高鳴る。その、大きな手で、撫でられたいな。赤く痕がつくまでぶたれた太腿を。その手で、くしゃりと私の髪を引っ掴んで。ぎらりと獣のように光る赤い瞳に憐れむ様に見下ろされて、そうして、耳元で低く冷たい声で囁かれたいな。おいたがすぎるんじゃないのか、って。



 ぞくり、ぞくり、自分の妄想に酔っていると、その高揚感の原因の人物が私の名前を呼んだ。返事をしようと声をあげたら、馬鹿みたいに上擦った声になる。呆れたような、蔑むような、冷たい溜息。ああ、立っていられないくらい下腹部がきゅうと疼く。たまらない。その心底煩わしそうに眉間に皺を寄せる表情。ああ、ねえ、今日こそ、今日こそ、

「その湯呑の中身は捨てて来い。どうせ、飲めたものじゃないんだろう」

 心臓が飛び出そうなくらい音を立てている。自分の首筋に汗が伝ったのに気付いた。わかっている、わかっているの、これくらいの「おいた」を肋角さんが見破らないわけがないって。気付いてしまうってわかっているの。マッチも、煙草も、おかしな毒を含んでいる特注品だってきっとあなたは気付いているの。だけど、肋角さん自身をどうにかしたいだなんてそんなことちっとも思ってない。そうじゃなくって。この凶悪な欲望を暴いてほしい。私に激昂するあなたが見たい。乱暴に肩を掴まれて、今に執務机の上に叩きつけられて、零れたお茶が床を汚して、(犯される妄想で毎晩自分を慰めた。どうしたらあなたに手酷く扱ってもらえるだろう。どうしたらその焔みたいな瞳で卑しく醜い私を灼いてもらえるだろう。そうしたらきっと、きっとこの渇きは満たされるのに!)

「まったく、お前は本当に…手のかかる」

 肺いっぱいに吸い込んだ煙草のにおいに、恍惚と息を吐く。ごめんなさい、ごめんなさい。唱えながら口元が歪む。(謝ってもゆるさないで。私をはやくめちゃくちゃに壊してしまって)でも、ほら、肋角さんもすこし、わらっているではありませんか。




害のないでは
いられません
やっと、毒がまわってくれた。