無表情な彼と無邪気な彼女


「ね、ね!斬島!斬島って誰かとキスしたことある?」

 無邪気に自分の顔を見上げてくるを見下ろして、斬島は驚くでも照れるでもなく、本当に表情一つ変えずに、「無いな」と答えた。一応、この短い間に記憶を探ってみたが、思い当たる経験は無かった。だから、素直に「無い」と口にした。斬島の返事を聞いた相手は、ぱっと明るく笑って「ほんと!?」と距離を詰める。

「あのね、私もない!」
「そうか」
「でもやってみたい!キスしてみてもいい?」

 感情の変化があまり表情に出ない斬島も、なんの脈絡もないその申し出にはさすがに目をまたたかせた。固まる。なんだかよくわからないけど、わからないままに頷くのはあまりよくない気がする。何故?と考え出すと、上手く言葉には出来ないけれど。
 けれど、けれど、だ。ここで断った場合、相手が「駄目なの?嫌?」としょんぼり項垂れる可能性がある。想像ついてしまう。彼女はそういう女だった。「無邪気」が服を着て歩いているような、そんな存在だった。斬島は迷う。迷った末に、

「……分かった。いいぞ」

 と、そう意を決したように返事をした。返事を聞いたは、また一層ぱあっと嬉しそうに笑って、斬島の腕に触れる。「ちょっとだけ屈んでくれる?」と囁いて、自身はつま先立ちをして。斬島がどこかぎこちないぎくしゃくとした動作でその言葉に従った直後、なんの前振りも無しに「ちゅっ」と音がした。斬島が、また目をぱちくりさせる。自分の頬を触った。

「…………唇じゃないのか?」
「えっ?」

 今度は相手が目をまたたかせた。斬島は、おかしなことを言っているつもりはなかったが。は数秒経って、へらりと笑う。「やだなあ、斬島ったら!」と。頬を少し赤く染めて。

「唇にキスするのはね、もっとちゃんと、好きなひとのこと『好き!』って思ったときにしないとダメなんだよ?大事にとっておかないと」

 さっきまで、幼女のように無邪気だったのに。恥じらいを誤魔化すように身を捩って。斬島はその様子を見て、また固まった。しばらくそのまま。けれどようやくその石化が解けたときに、斬島は彼女の肩に手を置いた。

「俺からも、してみてもいいか?」

 笑って、「もちろん!」と返事をしかけた唇が塞がれる三秒前の話。