「キスって、なんのためにするんだろうねえ」

 触れ合った唇が離れていって、しばらく鼻と鼻が触れそうな距離で見つめ合ったあと、ぽつりとムードの無いことを呟く。たった今したばかりの行為に、意味や理由を尋ねられて、斬島は数度まばたきしたあと、わずかに首を傾けた。

「どうしてだろうな。俺も考えたことはなかった」

 そんなふうに、「いわれてみれば」って顔をしてから、私に尋ねる。「嫌だったのか?」と。私はぶんぶんと首を横に振った。力強く。嫌なわけじゃない。嫌なわけがない。斬島がちょっとほっとしたような様子で、私を見つめる。言葉の真意を探るように。真っ直ぐな瞳。べつにね、ちょっと思っただけなんだよ。深い意味なんてなくってね。

「キスするの、好きだよ。したいからするし、してくれたら嬉しいよ」
「そうか。したいと思っているなら、いい。いつも俺だけがしたいのかと思った」
「そんなことないよぉ」
「あまり、お前の方から言い出さないだろう」
「そうかな。いや、うん、そうかも?私がしたいと思ったとき、いつも斬島の方からしてくれてるんだよ」

 たぶん。うーん、たぶんだけど。私の曖昧な言葉に、斬島は「そうなのか」と呟く。適当なことを、って呆れられてしまうかと思ったら、斬島は心なしか嬉しそうに、もう一回「そうか」と繰り返した。うん、そう、そうだよ。そんなに嬉しそうにされるとは、思わなかったけど。

「でも、なんで私たち、ちゅーしたいって思うのかなあって」

 ほこほこちょっぴり嬉しそうだった斬島の表情が、数拍置いて、真剣に考える表情に変わる。「目と目で見つめ合ったり、手を繋いだり、そういうのの先に、なんで唇と唇くっつけたいって思うんだろうね?」きっと世の中の恋人たちはこんなこと真剣に考えることはなくて、自分の疑問がちょっと子供っぽいってことはわかってるけど。それでも斬島は私に付き合って、ううむと悩むように口元に指をおいて考え込んだ。優しいな、斬島は。笑わないでくれるし、呆れないでくれるし、こんな私と一緒にいてくれる。

「…くちをつかう意味……やっぱり味がするからかな…」
「………味がするのか?」
「しない?」
「俺は食べていないぞ」
「でも、しない?」

 いちごとかレモンの味ではないけど。もぐもぐするわけでもないけど。でもなんとなく、斬島のキスは斬島の味だと思うよ。他のひとのとはきっと味が違うと思うよ。わかんないけど。私が大真面目に言ったら、斬島も大真面目に「なるほど」と頷いた。そして、少し前のめりに私と距離を詰める。

「試してみよう」
「うん」

 物は試しだ。恥じらいの暇もなく、斬島が唇を重ねてくる。ちゅっ、て音はしない。ただ言葉通り「味わう」みたいにゆっくり、じっくり。唇が離れたタイミングで、閉じていた目を開ける。ちょっと納得のいかないように首を傾げている斬島の顔がそこにある。納得のいかない味だったらしい。あるいは、味なんてしなかったらしい。

「わからないが……」
「わかんないかぁ」
「分からなくてもいいんじゃないか。理由が分からなくても、俺はお前にしたいと思う」
「うん。それは私も思う」
「なら、いい。好きだから、したくなるんじゃないのか。どうして好きだとしたくなるのかは、上手い答えが分からないが」
「うーん。そうだね。この先、いつか分かるかもしれないし」

 それまで、わかんないままキスをしよう。いやもし分かったとしても、その後もキスはしよう。理由が分かった上でするキスは、今のキスと違う味になるかもしれないけど。いや同じかな。斬島の味かな。
 私は斬島の顔をじっと見つめて、「もう一回キスしたい」ってお願いをしてみる。さっき「いつもあんまりそっちから言い出さないじゃないか」って話をしたばっかりだし、珍しいなーって喜んでくれるかと思いきや、ちょっと残念そうな顔をされる。どうして。

「いや、さっき『いつも自分が言う前に俺の方からしてくれる』と言われたのが、少し嬉しかったんだ」
「うん。嬉しそうだったね」
「お前のことを理解できているような気がして」
「うん」
「だが今、お前より先に言い出すことができなかった。先を越されてしまった」
「早い者勝ちじゃないよ?競ってないよ?」
「……そうだな」

 私がいくら突拍子もないこと言いだしても斬島は笑わないのに、私の方は、その斬島のちょっとまだ納得してないのに言い聞かせるように無理矢理自分を納得させてる言い方がおかしくって、笑ってしまう。うん、やっぱり、好きだからキスがしたくなるね。世の中の恋人たちも、きっとそうだね。理由なんて考えなくたって、キスはできるし、したくなるね。だって、キスするとうれしいし、幸せだし、もっと斬島のこと好きになる。この先何百回何千回、キスするだろう?その度相手のこと好きになっちゃうとしたら、もう、すごいことだね。終わりがないね。どれだけ斬島のこと、好きになっちゃうんだろう。今でも、すごくすごく好きなのにね。

 そんなふうに思いながら、とりあえずもう一回。「……これは何の味なんだろうな」呟く声に、やっぱりちょっと笑う。まだ考えてた。

キスするぼくら