「なあ、まだ?まだおわんねーの?」

 つい数分前にもきいた言葉が、またきこえた。ちら、と視線をうつすと、私の休日の読書の時間を邪魔してくるその人物は、暇そうにベッドの上のうさぎのぬいぐるみの耳を引っ張っている。まだ引きちぎられてないだけマシだけど、扱いが雑。このあいだ引っ張られた別のぬいぐるみは綿がとび出ていた。前科あり。

「読むのおせーじゃん!ぱっと読めばいいじゃん!」
「…じっくり読んでるの」
「ふーん。それおもしれーの?漫画じゃねーのに」
「おもしろいよ。災藤さんがすすめてくれただけある」
「ふーん」

 つまらなそうな返事だ。平腹も読んでみる?なんて、すすめても無駄なことはなんとなくわかるので言わない。字がびっしりの本を集中して読んでる平腹なんて想像つかない。私はベッドの側で床に座って本を読み、ベッドの上というくつろぎスペースを平腹に譲っている。べつに好きに寝転がってくれてもいいし、なんなら私が本を読み終わるまで寝ててくれたっていい。それが一番静かだろうしそれがいい。でも平腹はそうしてくれない。ベッドの上から私の本を覗いたり、ベッドから降りて横から顔覗き込んできたり、そればっかり。

「なあ、まだ?」
「…平腹。あと30分は読みたい。30分我慢して静かにしてて」
「おー」
「……」
「…」
「…」
「なあ、30分ってどんくらい?まだ?」

 だめだこりゃ。私はいったん本を読む手をとめて、平腹のほうを向いた。するとぱっと目を輝かせて、「お!おわった?」ときいてくる。そういう素直さが、まあ、憎めない。ちょっと気持ちが揺れそうになったけど、でもせっかくの非番で今日中にこの本を読み進めたいのだ私は。ぴしゃりと「まだおわんない」って言い切ると、平腹が不満そうに口を尖らせた。

「でもさ平腹、そんなに急かして、なあに?私が本読み終わったら、何したいの?なんか遊んでほしいの?」
「ん?ん~…なんだっけ?べつになんもねーなー。とゲームしてもすげーよえーからつまんねーしなー」
「え、じゃあ本当、なに?何しにきたの私の部屋に?」
「ん~…わっかんね!けど、おまえが本ばっか読んでんのはつまんねーの!」
「えぇ~…そんな曖昧な感じで邪魔されたくない私の読書……」
「わかんねーけどなんか構えよー、。オレすげー暇じゃん」
「えー……なんでもいいからなんか暇つぶししててよ。これ読み終わったら相手するからさ。ね。お互い静かに。喋らずに。ね、はい、スタート」

 適当な平腹の言い分に負けないくらい私も適当なあしらい方をしてしまったけど、平腹は最初納得いってなさそうな反応をしつつ、最終的には「んー、わかった」と返事をした。その返事に満足し、よし、と気を取り直して本のページをめくる。一行読んだあたりで、ずし、と肩に何かがのっかった。平腹の頭だ。

「…なにしてるの?」
「んー。暇つぶしてる」
「あ、そう」

 腕が回されて、後ろからぐでーっと抱き着かれたまま、いろいろと納得のいかない部分はありつつも、とりあえず読書を続ける。猫が体をなすりつけるときみたいに、首元でうりうり平腹が頭をくっつけてきた。無視だ、無視。うるさく騒がれたり何回も「まだー?まだー?」って言われるよりはまし。気にせず読書。すんすん、と平腹が首元のにおいを嗅ぐ。ものすごく何か言ってやりたいけど、むしした。お腹のあたりをぺたぺた触られる。何か言ったら負けな気がしてくる。本に集中していれば、どうってことはない。ぱら、とページをめくる。耳たぶを、かぷ、と噛まれた。服の中に手が侵入してくる。さすがにこれはだめだった。

「ひ、!…っらはら、なにしてんの…」
「んー?本おわった?」
「いや、おわってないけど…」
「読まねーの?なんで?もーちょい読んでればいいじゃん」
「な、なんで…」
「だっておまえ、本読んでるときはどこ触っても文句言わねーのな!」
「は!?」
「ダメだって!まだ本読んでろよー!な!」
「さ…さっきと言ってることがちがう…」
「ほい!黙って読む!」
「や、もういいから…」
「オレはまださわりてーの!いーじゃん、は読書できてラッキーだろ?な?」

 ほらほら、と急かされるように一度閉じた本を持たされて、「あと30分は読むもんな!」と楽しそうに弾んだ声で言われた。つぎは何しようか、どこをさわってみようか、と爛々とした様子だった。いじわるでなく、本気で言ってるところが余計にたちが悪い。ぐぬぬ…と本のページをめくるべきかめくらないべきか迷い、ためらい、結局、本を閉じたまま平腹を振り返る。きょとんとした顔が、すぐ近く、鼻と鼻が触れるくらいの距離にあった。

「本読まねーの?」
「読まないよ。もう今日はいい。こっちに集中することにした」
「こっちって?どっち?」
「平腹の好きにしていいよって言ったの!」

 何かの片手間に相手できるような簡単な相手なわけない。降参。まじかー!と機嫌よく平腹が簡単に私を床に転がす。ああうん、やっぱり降参。//惚れても腫れても