「桜の樹の下には屍体が埋まっているんだって!」
任務帰りに偶然桜の樹が並ぶ道を通ったとき、それらを見上げて綺麗だ何だと最初はキャッキャ騒いでいたが、はっと思い出したように振り返って田噛と平腹に言った。妙に爛々と目を輝かせて。二人が知らないであろう知識をひけらかしてるつもりのドヤ顔なのか、本当に信じ切って「そうらしいよ?すごくない?」と言いたいのか。田噛は眉間にしわを寄せて、平腹はきょとんとして、を見た。
「何かで聞いた。読んだ?誰か言ってたんだっけかな。桜の樹の下には屍体があるんだって」
「ほー?マジ?なんで?掘ったら出てくんの?」
「おいやめろ。掘ろうとすんな。、こいつに余計なこと言うんじゃねーよ」
ちょうどおあつらえ向きに平腹の手にはシャベルがあった。はらはら淡い色の花びらを降らせる桜の樹を見上げて、そしてその根元に視線を動かして。制止しなければ平腹は確実に今すぐそのシャベルの先端を根元の地面に突き刺していたところだけれど、田噛に止められ、つまらなそうにそのシャベルを持ったまま頭の後ろで腕を組んだ。もつまらなそうに口を尖らせて田噛を見た。ここでまともなのは自分だけか、と面倒そうに溜息を吐いた田噛は、桜にも屍体にも興味が無さそうだ。その興味が無さそうな顔が、の不満の一つだけれど。
「嘘じゃないし!なんか人間が書いた本で見たし!たぶん」
「あっそ」
「なんでもっとわくわくしないかなー、田噛は!」
「なー!フツー掘るよなー!」
「な~!」
「うるせーな、馬鹿犬二匹。勝手にやってろ。俺は疲れた。帰る」
「待てよー、たーがみぃー」
めんどくさい、だるい。気だるそうにつぶやいて、さっさと歩き始める田噛に、平腹も続く。春の生暖かい風が桜の花びらをはらはら二人の頭上に降らせるけれど、やっぱりそれらに見向きもせず、興味がなさそうだった。少し歩いたところで、ふと何かに気付いたように平腹が足を止めて、振り返った。視線の先では、が歩き出さずにまだ桜の樹の下に留まり、それを見上げている。
早く来いよ、と言いかけた。それでも、なんとなく平腹はそれを声に出すのをやめて、じっとを見ていた。は動かないけれど、風が吹いて桜は絶えず花びらを降らすし、時間が止まっていたわけではなかった。の視線は桜に釘付けだ。何か樹の上にいるのかと思ったけれど何もいない。本当に花を見ているだけのようだった。そのうち、平腹の視線は桜の花でなく、でもなく、地面に向かった。桜の樹の下を、じっと見つめた。何もいない。けれど何かが見えているように、平腹はじいっとその目玉を地面に向けていた。
「……お前ら、何してんだよ。マジで先に帰るからな」
気付けば先を歩いていた田噛も後ろを振り返っていて、足を止めている二人に呆れるようにそう言った。やっとハッと我に返ったが、顔をそちらに向ける。
「待ってよー!もうー!ジョーチョのわからないヤツだなあ! 行こ、平腹!」
平腹の傍までやってきて、手を引くつもりで声を掛けた。けれど平腹の視線が一点に向かっていることに気付いて、何を見ているのかとその視線の先を辿ろうとして―…遮るように「なあ!」と平腹が上げた声に、びくっと不意を突かれた。視線の先を知ることはできないまま、平腹の顔を見る。平腹ももうよくわからない方向ではなく、の方へ顔を向けていた。
「なんで屍体埋めたんだろーな」
「え?ああ……ね!なんでだろ。でも人間、死んだら土に埋めるもんね」
「花も乗っけるしなー」
「ね~。お花の傍に埋めてあげたら死んだ人に喜んでもらえると思ったんかなー。お花添える手間省けるし」
「屍体喜ばなくね?死んでるし」
「たしかに!ね~」
「……そういう話じゃねえだろ、その小説」
能天気で頭の足らなそうな会話を繰り広げる二人に呆れて、ぼそりと田噛が呟いた。はちょっと物知りぶって「桜の樹の下には」と喋りだしたけれど、田噛も「それ」を知っていたのだ。張り合ってこられたり変に突っ込まれたりしても面倒だと思って何も言わなかったけれど。何が情緒の解らない奴だよ、とぶつくさ口の中で呟くけれど、独り言ちたところで二人には聞こえていなかった。
「オレ何埋めっかなー、桜の下」
「えぇ?」
「あー……ん!オレ埋めっかな!」
ぱっと機嫌よく笑って告げられた言葉に、が目をぱちくりさせた。それでもかまわず平腹は、正解を得たような顔でうんうん頷いた。数秒の沈黙のあと、が首を傾けて真面目な顔で「まじ?生き埋め?」と尋ねる。やりとりが聞こえていた田噛は溜息吐いてじとっとした目を向ける。また馬鹿なことが始まった、程度の。
「好きなものとか宝物埋めたほうがよくねえ?掘り起こすの楽しみじゃん」
平腹がなんてことのない、本当になんにも深い意味なんてなさそうな顔で、声で、そういった。当たり前のことを言うみたいに。呆れるだけだった田噛が一瞬、「は、」と声を出しかけた。けれど、言われた張本人のがこれまたなにも問題なさそうに「そっかあ」と相槌を打つものだから、自分がどうしてそんなふうに引っかかったのか、どうして自分だけが、何に引っかかったのか、わけがわからなくなってそれ以上深く考えるのが馬鹿らしくなった。
「は何埋める?」
「私?んー……そうだなあ~…」
顎を人差し指でちょんちょんと触りながら、思案するように宙を見る。はらはら、桜が風に流れていく。次にが口にした言葉で、田噛はますます、馬鹿らしくなった。
「じゃあ私田噛埋めよっかなー!」
「……は」
「よかったなー、田噛!仕事しねーでずっと寝てられんじゃん!」
「そうだよ!土の下で冬眠させてあげる!私めっちゃやさしい!」
「…春だろ」
「あはは!たしかに!」
からから笑って、も平腹もやっと歩き出して、田噛の傍までやってくる。本当に、馬鹿らしい。こいつらの会話や思考に意味を探すだけ時間の無駄だろう。そうひとりで納得して、田噛はまた館に向けての歩みを再開させる。今度はちゃんと二人がついてきた。視界の左からひょいと平腹が顔を出す。ギザギザと鮫みたいな歯を見せて笑っていた。
「なあなあ、田噛は?何埋めんの?」
今度は視界の右から、がひょいと顔を覗き込んできた。にんまりと楽しげに笑っていた。うるさい。めんどくさいノリで面倒なこと言うな。そうそっけなく短い文句を言ってやろうと思ったはずなのに、吐き出した言葉は、こんな流れではいやでもおかしな意味を持ってしまう。
「うるせーお前ら二人まとめて埋めてやる」
そうすれば静かになるだろ、いいねえじゃあ三人で入ってよっか、いーじゃん樹の下で花見できんじゃん。わあわあ騒がしく、三人は並んで館までの道を歩いた。もうすっかり桜の花にも地面にも目を向けず、そのうち会話は、腹が減っただの、夕飯何食いたいだの、そんな話になる。それでよかった。そんな程度で。三人は周りが呆れるほど仲が良かった。そんな三人の、なんてことはない、ただの、他愛もない話。
桜
の
樹
の
下
に
は
の
樹
の
下
に
は