彼氏と彼女



 女の子向けの雑誌の、とある特集のページに目が留まる。以前の自分だったらべつに気にならなかっただろうし、そもそもこういう雑誌を念入りにチェックするようになったのは最近だ。ページ内にわかりやすくハートマークを散りばめて、「彼氏持ちの女子必見!カレの本音を探っちゃおう」なんて見出し。本当、前までならそんなページ飛ばして読んでたと思うのに。ばかっぽいわねなんてすら思ってたかもしれないのに。

「おや、随分真剣に読んでいるね。何か面白い記事でもあったのかい」
「ひゃっ!? ば、ばか! 覗き込んでこないで!」

 それもこれも全部ぜんぶ木舌が悪い。慌てて雑誌を閉じて、距離を詰めてきた相手の体をぐいーっと押しやる。あんなの夢中で読んでたなんて知られたら恥ずかしすぎる。どうせにこにこ笑うだけだろうけど、恥ずかしすぎる。
 私に追い払われて少し残念そうに(いやあんまりそうも見えないけど)笑う木舌を、じいっと睨んだ。いつでもにこにこしてるけど、にこにこしてるからこそ、「本音」っていうものがいまいち掴めない。だから余計に気になるっていうか、こっちのペースが乱されるっていうか……とにかく全部、木舌のせい。木舌、が……彼氏、の、せい。
 心の中で唱えるだけで、なんだか顔が熱くなる。彼氏とか恋人とか、未だに慣れない、へんな響き。私だけかな。木舌は、平気なのかな。なんてことないのかな。こういうの、べつに。私ばっかり、ぜんぶ。

「……木舌は、その……初めて、き……キス、したときのこととか、覚えてる?」
「うん? もちろん。覚えているよ、はっきり。真っ赤になったの顔があんまり可愛かったから」
「わ、私とじゃなくて……だから、その……木舌のはじめて、の……」

 言いながら、どっと汗が噴き出て、心臓がうるさくなって痛くなって、なんでこんなこと聞いちゃったんだろうと酷く後悔する。だって、さっき見た雑誌の隅に書かれていた、キスするときに気を付けることだとか、上手な甘え方だとか、そんなの思い出したら頭の中がぐらぐらして。自分がうまく「恋人」できている気がしないし、木舌は私以外の、私より上手に、キスができて甘えられる女の子を知ってるのかもしれない、って、思ったら。(なんか、いやだな。想像したくない。自分で聞いておいて、ばかみたい)

「うーん……どうだろうなあ」
「……い、いいわよべつに、私に気を遣わなくっても……!」
「はは、のことしか頭にないみたいだ。おれ」
「え、あ……そ、そう! ずいぶん単純ね!」

 木舌が私に気を遣って言葉を濁したのは分かってるのに、そんな優しさにも可愛くないせりふを返してしまった。言葉を吐いてから、自分で自分にもやもやして、唇を噛んで顔を背ける。それでも、穏やかな声が容易く寄り添ってくる。

「気になるのかい?」
「べつに!」
「おれの言葉や態度じゃ不安だから?」
「ちがっ、」
「それとも、おれのことが好きすぎて?」
「……、……」
「嬉しいなあ」
「何も言ってない!」

 おもわず背けていた顔をそっちに向けて噛み付くように叫んだ。だけど振り返った先で私を見つめる木舌の顔が言葉通り少し嬉しそうで。そんなふうに笑うの、ずるい。なんでそんな顔向けるの。かわいくないことばっかり言っちゃうのに。なんでこんなに好きにさせるの。

「違うったら! ただ、そのー、あれよ! 私はまだ慣れてないから下手でも仕方ないじゃない! キスなんて最初は誰だって勝手がわからないものでしょ! なのに他の誰かと比べられてたら迷惑だなって思っただけ!」
「ああ、そういうことか。おれも上手い下手はあまり分からないけど、は上手だと思うよ」
「えっ! ほんと!?」

 我ながらかっこわるい開き直り方をしたと思うのに、全然気にせず木舌が返した言葉に、ぱっと飛び上がる。自分でも分かるくらい声が弾んでしまったことに、急激に恥ずかしくなった。き、キスが上手いって言われて喜ぶ彼女ってなによ。ばかばかばか、恥ずかしい。かあーっと湯気が出そうなくらい顔を火照らせる私を、木舌が笑って覗き込んできた。

「本当さ。試しに、してみようか」
「し……、……っしない! ばか、もう!」
「はは、残念だなあ」

 また木舌のペースにのせられるところだった! べつにキスがしたくて言ったわけじゃないんだから! こんな、休日の真昼間から、そんな、そういう、つもりじゃ……。
 む、と自分の口が尖って突き出ていることに気が付いた。本当に、言い出したときはそういうつもりじゃなかったのに。むずむず、もやもや、妙に納得のいかない心地がした。私に突っぱねられれば素直に引き下がる木舌にむかって、気付けば指を伸ばしていた。服を小さく引っ張って、それを呼ばれた合図に木舌が私を見る。「……やっぱり、する」小さな小さな声で言ったら、木舌が笑った。

「わ、わらわないで……」
「ごめん、はは……いやあ、おれの彼女は可愛いなあ、と思って」

 こんな彼女にしたの、だれよ。やっぱり木舌が悪い、木舌のせい。木舌が、私の彼氏のせい。