「おーい、ー」

 聞こえた声に、ぱっと振り返る。少し離れたところから、私の名前を呼んだ、聞きなれた声。商店街の人混みの中、頭ひとつぶん飛び出た背の高いその人物。今日、非番だったっけ。いや確か違った気がするから、早めに仕事が終わったみたい。それにしたって、どうしてこんなところに。考えながら、こちらも名前を呼んで、駆け寄った。

「木舌!なんでここに…」
「ははは、見つけられて良かった。仕事を終えて館に帰ったら、この寒い中、が一人で買い物に行ったって聞いてね。何か手伝えないかと、行き先を聞いて追いかけて来たんだ」
「えっ、な…なんでよ!?疲れたでしょ!?館でゆっくりしてればいいのに……」
「まあまあ。荷物持ちくらいは役に立てると思うよ」

 私が持っていた荷物に目聡く気付いている木舌が、にこにこしながら「貸してごらん」とでも言うように手を伸ばしてくる。平気、って突っぱねたってきっと納得しないし、渡すまで絶対しつこいし、なんだったら最終的にまあまあ無理やりひょいっと取られてしまう気がする。仕事で疲れた相手に荷物持ちをさせるのは気が進まないけど、来てもらってしまったからには、断れないか。「じゃあ…」と一つ袋を渡そうとして、はっとする。思わず荷物なんてそっちのけで。

「き、木舌!手袋は!?昨日はしてなかったっけ!?よくそんな平気でいられるわね!?」
「ん?ああ、そういえば……」
「雪!雪なのよ!?今日!寒くないの!?」

 そう、雪。雪だ。今は止んだけど、獄都は雪が積もってる。それくらい、寒い日が続いてる。手袋もマフラーも必須だと思う。吐く息だって白い。私は完全防寒のつもりであったかい手袋もしてきたから、木舌の冷たそうな指先を見ているだけで気の毒になる。荷物は腕に提げたまま、思わず木舌の手を自分の両手で包む。手袋越しにはその冷たさは分からないけど、絶対冷たいに決まってる。

「おや、ありがとう。おれは平気だよ」
「平気じゃない!見てるこっちが寒いの!」
「ははは、それは悪いね。いや、おれも館を出るときは手袋をしていたんだけど……道中、雪だるまを作っている子供たちに会ってね」
「……え?」
「なんでも、雪だるまに枝を刺して手を作ってやったけど、これだけじゃあ可哀想だからその枝の先に手袋をつけてやりたいとかで、手袋を探していたらしく」
「……、……あげたの?」
「まあ減るものでもないから」
「減るでしょ!!減ってるじゃない!!手袋が!」

 私がわっと叫んだら、「いわれてみればたしかに」みたいな顔して、いつも通りのんびりと笑う。そんな暢気さに、またわっと何か言ってやりたくなって、でもその笑ってる顔を見上げていたら言いたい文句は引っ込んでしまって、小さく「…もう」って呟くだけになる。なんでそう、自分の身に対しては無頓着というかなんというか。腹立たしいくらい、おひとよしだ。何があっても怒らない本人の代わりに私が腹を立ててるみたい。でも、だって、そうでしょ。モヤッとするでしょう。優しいひとが、優しいせいで損をしていたら。そばで見ていて、そのひとを好きな誰かは、腹が立ったり、悔しくなったりするってこと、いい加減自覚してほしい。
 でも、そういう底抜けにやさしいところが、木舌なのよね、って。すきなのよね、って、思うところもある。

「……そうだ、。買い物は全部済んだのかい。あとは帰るだけ?」
「え?あ、うん…」
「結構買ったね。頼まれもの?」
「…そうね。こっちはキリカさんに頼まれたやつで…あ、買い物行くって聞いたら平腹がついでにお菓子頼んできたのよ。キリカさんのおつかいならともかく平腹のお菓子なんて…自分で買いに行けって言ったんだけどしつこいから、まあ、仕方なく買ってあげたけど」
「はは、優しいなあ。は」
「な……なんでそうなるのよ!?雪の日に赤の他人に手袋あげたり仕事終わりなのに買い物に付き合おうとしたりする誰かさんのほうがよっぽど…、…優しいを通り越しておひとよしすぎるのよ!」
「そうかい?」
「そうよ!」

 言いあいながら、気付けばやっぱりさりげなく重い方の荷物は木舌の片手に移動しているし。

「手袋が無いなら、ポケットにでも手を入れて歩いた方が良いんじゃないの」
「いやあ、片手は空けておかないとね」
「なんで…わっ!」
「おっと」

 凍った地面に足が滑って転びかける。はかったようなタイミングだ。わざとじゃないのに。木舌に腰を抱くように引き寄せられて、顔を上げた先でにこにこ笑っているから途端に恥ずかしくなる。「ほら、こういうときのために」って。あぶなっかしいやつみたいに言わないでほしい。今のは、ちょっと油断しただけで。拗ねたふりをして、荷物を持っていない方の手を木舌と繋いだ。

「ぜったい今すぐどこかのお店に入って手袋買うべきだと思う」
「はは、大丈夫だよ。そんなに酷い冷たさじゃないさ、これくらい」
「……」

 しばらく黙り込んでから、握った木舌の手をぐいっと持ち上げる。きょとんとしているのに構わず、その指先をぴたっと自分の頬に押し当てて――「ひゃっ!」おもわず声が出た。飛び上がるくらい冷たい。氷を押し付けられたみたい。私の行動に木舌がびっくりした顔をして、それからすぐに困ったように笑った。なぜか、木舌の方が謝ってくる。「ごめん、冷たかっただろう?」って。ああもう、だから、やっぱりつめたいじゃない。さむいじゃない!帰り道、木舌の手袋が引っかかった雪だるま見かけたら追い剥ぎしてやろうかしら!

「やっぱりポケットに入れて歩こうか。繋いだまま。ぴったりくっついて歩いたほうが暖かいし安全かな」
「……そういう…」
「うん?」
「…いかにも、っていう行動に恥ずかしさは無いの?」
「うーん。無いなあ」

 そう言って笑って、繋いだ手を自分のポケットに導く。荷物を持ってる方の木舌の手が冷たいことには変わりないけど、片方だけでもあったかいなら、いいんだろうか。私の片方貸したっていいのに。やんわり断られた。しかたないから、提案通りぴったりくっついて歩く。他の獄卒に見られたら恥ずかしい。私は木舌と違って、恥ずかしさを持ち合わせてる。でも、今は、いいや。くっついて、歩く。

「早く帰って、あったかい部屋で暖まりたい。まず紅茶を淹れる。木舌の分も」
「ありがとう。おれは……そうだなあ、確かに暖かい部屋に早く帰りたくもあるけど…もう少しこのままでもいいかな」
「ばか。だめよ、私がイヤ」
「はは、そうだね。に寒い思いをさせるのはいけないね」
「私が寒いのが嫌なんじゃなくて、木舌の手が冷たいのが嫌なの」
「嫌?」
「イヤ。木舌の手はいっつもあったかくて、安心するのがいい…から」

 言ってるうちに恥ずかしくなって、最後には小さい声になる。膨らんだ木舌のポケットの中で、ぎゅっと指先を握った。恥ずかしくって顔が見られないのに、木舌は私のことをじっと見てきたのがわかる。視線を感じる。意地でも見ないでやろうってちょっと先の足元を見ていたら、静かに降ってきた「それ」に、思わず顔を上げてしまった。「雪だ」と、すぐ隣から声がする。まだ、もう少し、積もるのかな。

「…寒い」「あったかいなあ」

「……、……あったかくないでしょ」
「ははは、間違えた。寒いね。いや、でも…やっぱりあったかいよ。おれは



赤く染まる鼻、指先、ほっぺた