精一杯のへたくそ


「あやこちゃん、これで全部かい?」
「あ……はい。すみません、木舌さん。手伝ってくださってありがとうございます」
「お安い御用さ。今日は随分量が多いみたいだったからね。まさか平腹があんなに洗濯物を部屋に溜め込んでるとは」
「……はい」

 洗濯物を出せ、と言ってもいつもなかなかすぐには出してこないのが平腹だ。しかしその分ある日いきなり「これとこれと、これも!」とたくさん部屋からぐちゃぐちゃな服を発掘してぽいっと投げて寄越すことがある。それが今日だったようで。籠に収まりきらない洗濯物の山をよろよろと運ぶあやこちゃんを見かねて、手伝いを買って出た。最初は「自分の仕事なので」と遠慮していたけど。

「力仕事ならいつでも頼ってくれて構わないよ。…けど本当に、いつもえらいなあ。あやこちゃん」
「いえ、あの……、…」

 ふと、あやこちゃんが何かを見つけたように「あ」って顔をする。その視線の先をおれも追ってみると、居心地悪そうにぎくっと肩を強張らせるがいた。盗み見ていたように、体半分は扉に隠れている。おれにもあやこちゃんにも見つかったことで隠れる意味を失ったのか、開き直ったように平気な顔をして、こっちへ近寄ってきた。

「やあ、。ごめんよ、話しかけるタイミングに困ってたのかい?」
「こ、困ってないわよ!べつに!……ただ、何してるのかなって…」
「少しあやこちゃんの手伝いをね」
「……ふうん、そう」

 ああ、少しつまらなそうな声。口だって少し尖らせているように見える。だけどそれを自覚したのか、ハッとしたように慌ててその表情をしまうと、おれからはふいっと視線を外して、あやこちゃんのほうに向き直った。

「私に声を掛けてくれていいのに。手伝うわよ、あやこ」
「…あ、いえ。木舌さんに手伝ってもらって今ちょうど終わったところで……すみません」

 うぐ、とまた口を尖らせて身を引くに、少し苦笑する。悪いことをしたかな。おれが手伝わなくても、が手伝っていたかもしれない。そして、それは恐らくあやこちゃんにとっても、おれに頼るよりも頼みやすいことだっただろう。あやこちゃんはおれとの顔を見比べ、軽くなった洗濯籠を抱え直すと、「では私は戻りますので…」と控えめな声で言って頭を下げた。それを見送る。少し気遣うようにちらりとのほうを振り返っていたけど、やがてその場にはおれとだけが残された。
 さて、とに向き直る。おれの、御機嫌取りをしようとする気配を察したんだろう。つんと突っぱねるようにはそっぽを向いた。


「何よ。勘違いしないで。べつに怒ってないったら」
「そうかい?それなら安心かな」
「ええ、ちっとも。そもそも何に怒るっていうのよ。べつに、ただ木舌があやこと仲良くしてるっていうだけで、怒る理由なんてないでしょう。そんなことでなんで私がいちいち腹を立てないといけないのよ」
「……うーん」
「どうぞご勝手に!誰にでもお優しいんでしょうから!誰かさんは!」

 おもしろいくらいに分かりやすいのに、気付いてないんだろうなあ、本人は。ふんっ、と鼻を鳴らして踵を返そうとするの腕を掴む。むっと振り返ったその顔に、「まあまあ」と宥めるように笑いかけた。こういうとき、大抵の場合は余計に怒る。

「何よ、そのへらへらした顔は!べつに怒ってないって言ってるじゃない!!」
「(って言ってる時点で怒ってるんだけどなあ)まあまあ、少しおれと話そうよ。
「話すことなんてないったら!!」
「本当に?」
「……な、」
「おれに聞きたいことがあるんじゃないかな、と思ったんだけど」

 おれに掴まれた腕をぶんぶん振って払おうとしていたが、その言葉にしおしおとその腕を下ろした。「聞きたいこと、ってわけじゃ…」ともごもご口ごもって、視線は合わせてくれない。

「……前から思ってたんだけど、あやこのこと『あやこちゃん』って呼ぶの…」
「うん?」
「…私には『』で、『ちゃん』とは呼ばないじゃない」
「ん?うん。呼ばれたかった?」
「そうじゃなくて!」

 きいっと怒るついでに、つい顔を向けてしまったらしい。頑なに目を合わせようとしなかったと、ようやく目が合う。はっとして、またそっぽを向くかと思ったら、少し躊躇うように視線を泳がせて、やがて俯いた。おれは笑って、掴んでいた腕を離す。代わりに、その手に触れて指を絡めた。ぽつりと吐き出される、少しだけ不安そうな声が愛しい。

「……どっちが特別?」
「…それは、呼び方の話かい?」
「……」
「おれは、が特別だよ」

 だけが、特別な女の子だよ。おれの言葉に、ぱっとが顔を上げる。もう一度目が合って、おれはもう一度、もう何度だって、にっこり笑う。何回不安になっても、何回も安心してもらえるように。すると、何か急に恥ずかしい気持ちが湧き上がってきたのか、の顔はみるみるうちに赤くなって、結局視線を逸らされてしまう。でも手は握っているから、逃げられることはなかったけど。

「今のはべつにやきもちじゃないわよ!あやこみたいなしっかり者で可愛くていい子、木舌にはもったいないんだから!」
「ははは、そうだね。でもおれにはがいるから。同じようにしっかり者で、可愛い子」
「ばっ…かじゃないの!ばか!ほんとにばか!」
「おれにはもったいないね」
「…も、もったいなくないっ!」

 ぎゅう、と握る手に力がこめられた。おれの顔は見ないで、でも耳は赤くして、ちいさく、ちいさくつぶやく。「……木舌には、私じゃなきゃだめ…」ああ、もっとちゃんと顔が見たいなあ。とびきりかわいい顔してるだろうな。