2020.07.07.獄都新聞ネタ
「
も一緒にどうだい?夕涼み」
一階へ下りたところ、ちょうどよかった今誘いに行こうとしてたんだ、と木舌に声を掛けられる。騒がしいと思ったら、皆で何やら今から出かける計画を立てているようだった。なんでいきなり。尋ねても、「暑いから」と笑うだけの木舌に、ああ、まあこの手の思い付きは木舌が発端だろうな、と納得する。確かに今日は暑い。しかも、からっとした暑さじゃなくて、じめっとした嫌な暑さ。む、と口を噤んで思案したのは数秒で、「まあ、べつに行ってもいいけど…」と可愛くない返事をしても、木舌は変わらずにこりとしていた。
「おや、
も来てくれるの。華のある夕涼みになりそうだこと」
「え……さ、災藤さんもいらっしゃるんですか?」
「ふふ。私だけじゃなく肋角も、勢揃いでね。私たちがいると気が休まらない?」
「いえ、そんなつもりじゃ!ぜひご一緒させてください」
予想外の人物が木舌の後ろから顔を出して、慌てて背筋を伸ばす。さっきの「いってあげてもいいわよ」みたいな発言、聞かれたかもしれない。笑ってる木舌をそれとなく、災藤さんに隠れて睨む。上司のお二人もいるって最初に言ってほしい。べつに変に見栄を張りたいわけではないけど、気の抜けたところを見られたくないのも事実。
「じゃあ私も準備して…」
「ああ、そうそう。せっかくだから皆で浴衣を着て行こうと思うのだけど、
も是非そうして」
「…、…えっ!?」
なんで、そう、いきなり。災藤さん相手に尋ねることもできないけれど、たぶん、尋ねたところでにっこり笑ってこれまた「暑いから」とでも言われそうだった。有無を言わさず、というオーラがある。自分たちがいると気が休まらない?ってきいたのに、こればっかりはにこにこしながら「上司命令だよ」と言われた気がした。
「なんて。もちろん無理にとは言わないけど。女の子は準備が大変でしょう」
「へっ…あ、いえ…その、」
「木舌、手伝ってあげたらどう?」
「え!?」
「はは、そうですね。手伝おうか?
」
「いっ…いらないわよ!!一人で出来るったら!!」
大きい声を出してから、ハッと我に返る。くすくす笑っている災藤さんに、恥ずかしくなってたまらなくなって、思わず木舌の腕をぎりぎりと掴む。「ではまたあとで」と軽く手をひらりとさせる災藤さんを見送って、その場に二人きりになってから、改めて木舌をキッと見上げた。
「浴衣、嫌なのかい?」
「…べつに嫌じゃないわよ。ただ、急だなって思っただけで」
「それなら良かった。楽しみだなあ。
の浴衣姿」
「なっ…はあ!?た、ただの浴衣でしょ、へんな期待しないでよ!着づらいじゃない!」
「はは、ごめんごめん。なんだって可愛いよ、
は」
「~~っそういうことを言ってほしいわけでもないったら!!」
ばか!と胸を叩いても、ちっとも懲りる様子がない。私ばっかり恥ずかしいみたい。顔が熱いまま、ぐっと近づいて詰め寄った。やっぱり相手は怯みはしないけど。
「とにかく!皆の前で…っていうか災藤さんたちの前で変なことしたり変なこと言ったりしないでよね!ばらさないで!絶対よ!」
「…うん?ああ、そうだね。もちろん」
「……分かったならいいけど!じゃあ私、急いで着替えるから」
「ゆっくりでいいよ。みんな置いて行ったりしないさ」
「災藤さんと肋角さんを待たせるわけにはいかないでしょ!」
「なるほど。…というか、
」
「"そういう仲"だって災藤さんたちにばれてないと思ってるんだなあ……」
急な誘いだったし、準備がばたばたしたけど、来て正解だったな。夏の夕方の風を肌で感じながら、ほうっと目を閉じる。しばらく静かにその風だけを感じていたいところに、平腹がばしゃばしゃ川に入ってはしゃいでいる声が横入りしてきた。浴衣で川には入るなって佐疫に言われてたのに。絶対びしょびしょになって帰るはめになるわ。風情もなにもない。む、とそちらを睨んだ。直後、ふわりとうなじに風があたる。自然のものとはまた少し違う、人工的な風だけど。顔を向けると、その顔にも向かって木舌が団扇をあおいだ。
「涼しい?」
「…ん。…あ、ありがと」
「お安い御用だよ」
ぱたぱた、風を送ってくれる木舌の表情はいつも通り穏やか。でもその木舌をじっと私が見るものだから、「ん?」って微笑んで首を傾げられた。何か顔についてる?とでも聞いてきそうなきょとん具合。だからあわててぷいっと視線を逸らした。「なんでもない!」って。ただ、ちょっと、いつもと違う格好だから。浴衣が、似合ってるから。ちょっと、みとれただけ。言えやしないけど、でも一言くらい言ってもいいんじゃないか、と葛藤しながら、結局今の今まで言えてない。二人っきりだったら、もしかしたら言えてたかもしれないけど。この人数でいるときに、そんな恥ずかしいこと口にできない。木舌は、館を出るときみんなに隠れてこっそりと一言、浴衣姿を「かわいいね」って耳打ちしてくれたのに。私が「みんなの前では変なこと言うのやめて」って言ったのを覚えてて、内緒でこっそり。そうやって気遣われたからには、言い出した私がみんなの前で恥ずかしいこと言うわけにもいかないし。
「抹本、それは何を作っているんだ」
「あ、え…川の近く、笹があるから…笹船を作ってみたんだけど」
「船!?まじか!オレもでけーやつ作ろ!笹どれ?竹?」
「あ…うぇえと、笹と竹は似てるけど二つには違いがあって…」
「ほー?食えんのどっち?」
「平腹、パンダじゃないんだから…」
「食うことから離れろ」
「おい、俺にも団扇よこせ」
「はいはい。田噛にも扇いであげようか」
……本当、賑やかで、全然そういうこと言えそうな雰囲気じゃない。いやうん、絶対言えないでしょ。言わないわよ。笹で船を作って競争でも始めたのか、ぎゃいぎゃい騒いでいる皆を眺めて、溜息を吐く。こういうところ、変に子供っぽい。みんなして。ちょっと離れたところでそれを眺めていると、ふと、近くに肋角さんと災藤さんがやってきて、慌てて背筋を伸ばした。これまた、浴衣の似合う大人だな、と思いつつ。ひとりでつまらなそうに見えたのか、ふっ、と肋角さんが私に苦笑する。
「お前は混ざらなくていいのか?」
「え…遠慮しておきます…」
「笹の葉、といえば…今日は七夕の夜だね。笹船もいいけれど、短冊でも飾っておけばよかったのかも」
災藤さんが少し悪戯っぽく、私に言う。「
のお願い事は?」
「お願い事、ですか?」
「そう。短冊は用意し損ねてしまったけど。もしかしたら星に願うよりも早く、我らが管理長が叶えてしまうかも。口にしておいて損はないでしょう?」
「ほう、それもそうだな。仕事の褒美に何か強請るなら今の内だぞ。お前はよく働いてくれているからな」
「
は本当に仕事に対して真面目ですから」
「い、いえそんな、私なんかまだまだ未熟で…」
急に褒められて、願い事はないか?なんて聞かれて、恐れ多くって首をぶんぶん横に振る。こういうときのおふたりは本当に、仕事中とはまた違う、やわらかい一面を見せてくれる。居心地悪いわけでなくむしろ嬉しいのに、なんだかどきどきそわそわ落ち着かなくって、視線を思わず泳がせた。泳がせた先で、ふと、一人の人物と目が合う。いつも私が困っているのをすぐ見つけるその目が、ふっとやさしく細められて、みんなに「ちょっとごめんね」と断りを入れて、こっちへ向かってくる。それを見て、ぽつりと、無意識に呟いていた。(私の、願い事。欲しいもの。頑張ったご褒美。たぶん、ぜんぶ、)
「……ご褒美は、いつももらってるからいいんです」
小さな呟きを拾って、肋角さんと災藤さんが顔を見合わせる。それから、納得したようにうなずいた。そうか、って。なるほど、って。それにハッと我に返る。生意気だったかな。べつに、肋角さんたちのご厚意を無下にしたいわけじゃなくって。ちょっと不安になったところに、木舌がやってくる。にこにこしながら、「おれもまぜて」って言わんばかりに。それだけでほっとしてしまうから、ずるい。
「なんの話で盛り上がっていたんですか?」
「ふふ。今ちょうど七夕の話をしていたところ」
「七夕かあ。ええと…確か有名な話では、真面目な働き者の織姫と彦星が夫婦として結ばれた途端、毎日楽しく遊ぶばかりで仕事を怠けてしまって…怒った神様が二人を天の川を挟んで離れ離れにしたんだっけかな」
「…そうよ。その二人が一年に一度会えるのが七夕の日」
「働き者の二人が仕事を忘れて夢中になるくらいだから、よっぽど仲が良かったんだろうなあ」
のんびりとした声で木舌が言う。そういう問題なの?ってちょっと眉を顰めた。「少し可哀想だね」とも木舌は言った。そうかしら、って首を捻る。木舌は、甘いから。優しいから。「おれは少しわかるなあ」みたいな木舌の同情のしかたに、私はちょっと、ムッとする。「それくらい好きってことだよ」「好きならそうなっちゃってもしかたないよ」って言うの、なんだか納得がいかない。ちっともわからない。
「そんなの言い訳じゃない。仕事と恋愛は別だもの。私だったら仕事もしっかりこなすわ。どんなに好きな人に夢中でも」
そう言った私に、木舌も、災藤さんも肋角さんも、一瞬しーんとしてから…笑った。なんだかすごく、微笑ましいみたいに、わらった。なんでわらうの、って文句は飲み込んでおく。「さすが
、仕事熱心だね」「えらいな」って褒められたけど、なんだかその言い方がちょっとむず痒い。
「まあ、織姫と彦星は極端な例だけれど。オンオフが大事というなら、
ももう少しのんびりしてもいいのでは?」
「同感だな。仕事以外の時間まで、気を張る必要はないぞ。肩の力を抜くときはきちんと抜いておけ」
「あ、ありがとうございます……」
「はは。のんびりのしかたなら、おれが教えるから」
「木舌はのんびりしすぎなのよ!」
「肋角さぁぁぁん!災藤さぁぁん!笹船勝負する!?」
「…おや、呼ばれてる。私は判定役でいいから、肋角、勝負してあげたら?」
平腹がぶんぶん手を振って呼ぶものだから、やれやれ、って笑って肋角さんと災藤さんがそっちに向かう。なんだかんだ肋角さんも相手をしてあげるのだろうし、それが多分、みんな嬉しいんだと思う。おふたりの背中を見送って、ふと、視線に気づいて木舌の方へ首を動かす。視線が絡んで、木舌がそっと人差し指を口元にあてて、微笑んだ。ちらりとみんなの方を見る。みんな夢中で、私たちの方は見ていない。気にしていない。差し出された手に、ぎょっと肩が跳ねる。今?って。視線だけで尋ねるけど、木舌も笑顔だけでそれを答えとする。うぐ、と躊躇いつつも、自分の手を重ねた。(まあ、べつに、繋ぎたくないわけじゃないけど)
「……肋角さんたちに見られたらどうするのよ」
「はは、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なの」
「
がしっかり者なおかげで、おれたちは天の川を挟んで引き離される心配はなさそうだから」
その言葉に、目をぱちくりさせる。でも、直後に「ばかじゃないの」って言った自分の声は、すこし笑ってた。木舌にもそれがばれてるから、悔しいくらい優しく微笑まれる。ああ、本当、こういうところが。
「…やっぱり、気の毒かもね。織姫」
「うん?」
「彦星が『お仕事お疲れ様』とか『頑張り屋さんだね』とか、言えばよかったのよ。そうしたら、うれしくて、それがききたいから、たぶん、なんだって頑張れたのに。前よりもっと、仕事だってやる気…、に…」
「……」
「…な、なによ」
「いやあ…」
「にやにやしないでったら!」
繋いだ手をぶんぶん振って払おうとしても、離してくれなかった。ただ、へらりと笑って、「おれの織姫はかわいいなあ、と思って」なんて言う。はずかしい台詞。今日一番の恥ずかしさがこみあげる。「誰が誰のなんですって!?べつに木舌のことだなんて言ってないんだから!ばかじゃないの!」わっと思わず叫んで、それから、ハッと我に返ってみんなの方へ視線を向けた。向けたけど、何名かは目が合いそうになった途端逸らすし、何名かはそもそもこっちを見てはいなかったし、肋角さんと災藤さんは、ふ、とやけに優しい眼差しを向けてくる。カーッと体温が上がる気配に、木舌を涙目で睨み付けた。本当、これだから、
……私の、彦星は。