ちゅ、って音を自分の耳で聞いて、目の前に真っ赤な顔で驚いてる
の顔があって。そこでやっと、おや、と我に返った。
「なっ…、な…」
「ああ、ごめん。つい」
「なん…っで、いきなりっ!…き、きす、するのよ!?」
きす、って二文字だけ蚊の鳴くような弱々しい小さい声で、他は大きめの声。その二文字は、
にとって大声で言うには恥ずかしい言葉みたいだ。おれは、ごめんごめんと頬を掻いた。正直、自分でも驚いた。「無意識」って、あるもんだな、と。
睫毛にごみが、って。取ってあげるからじっとして、って。指でそうっと睫毛の先に触れて、その間
はおれのお願い通りに、目を伏せてじっとしていた。おれに何か余計なことをされるなんて疑わずに、素直に、だ。なのに、おれはその様子に「かわいいな」って思って、気付いたら……唇を寄せていた。これじゃあ、最初に言った言葉も嘘みたいに聞こえてしまうな。睫毛にごみなんてなかったでしょう、嘘ついたんでしょう、って、怒られても仕方ないな。
「バカじゃないの!?なんで、もっと、こう、前振りみたいなものをしないわけ!?心の準備とか、あるじゃない!」
「…うん?」
「うん?じゃないわよ!!」
「いやあ…てっきり『キスがしたくて嘘ついたんだろ』って疑われると思ったのに」
「え……だ、だって確かにちょっと視界に違和感あったし…ごみを取ってくれたのは本当でしょ?」
「うん、そうだね。でも疑われたら言い訳できないなあ、と思って」
おれの言葉に、
は一旦顔を真っ赤にして怒るのをやめて、きょとんとする。そして口元に手をあてて、ちょっと考え込んでから、大真面目にこう言った。
「…木舌は、そういう理由に嘘とかあんまり使わないし、嘘だったとしても『ごめん嘘だよ』って言うかなって思って」
だから、そこは疑ってない、と。今度はおれが面食らってきょとんとしてしまうけど、それも一瞬。なんだか、すこしうれしいような気持ちになって口元が緩む。おれならきっとこうする、きっとこうしない、って、彼女の中に当たり前に「おれ」が固まって存在しているのが、うれしい。そして事実、当たっているのだから面白い。おれも、考えよう。予想しよう。おれの機嫌が良いのをその笑顔に見て、今にきっと
は顔を赤くすると思う。「な、なんでへらへらするのよ!?話は終わってないんだから!」――うん、ほら、当たった。
「はは、ごめん。そうだね、もういきなりはしないさ。これからはしてもいいか許可を取ってからするって約束にしようか」
「そうよ、そうして!当然じゃない!都合っていうものがあるでしょ!」
「うん、じゃあ…」
きす。おれもさっきの
を真似て、小さな声。彼女の耳元で、内緒話をするみたいにその二文字を吐息と一緒に口にする。ぴくりと肩を震わせて、耳が赤くなったのがかわいい。
「してもいい?」
「……っ」
「断られたら、もちろん諦めるから」
「…、…し…しかたないから、許してあげる」
「はは、ありがとう」
おれの顔が近づくと、一瞬怯むように唇をへの字にして、でも次の瞬間にはきゅっと目を瞑って、顔を上に向ける。ああ、それが「心の準備」なのか、ってすこし納得した。それは、たしかに。必要だね。見ていて幸福な気持ちになるから、おれにとっても必要かもしれない。唇を重ねて、一瞬で離れるのは惜しいから、たっぷり時間をかけてから離す。唇を離した直後、まだ顔の近い距離で、閉じていた目が開かれて視線が絡む、その瞬間が好きだ。かわいくっていとしい。頭を撫でて、微笑んで体を離して…その、何か言いたげな目に、気付いた。もう一回、って言いたいのかな。
「……木舌、」
きすして、って
から言うのかな。はずがしがって、言わないかな。許可を取らないとできない約束にしてしまったから、おれが「もう一回していい?」ってきかないと。そう思って口を開きかけたとき、
が目を逸らしながら小さく呟いた。きす。その二文字。
「…して…も、いい……けど」
おれはきょとんと目をまたたいて、でもすぐに「ああそうきたか」って気持ちになって、笑った。おねだりは、できないけど。でも、おれから言ってくれるのを待てずに、その言葉。うん、じゅうぶん分かる。伝わる。
「…~~っなんでにやにやするのよ!!」
「いやあ、それが今日の
の精一杯なんだな、って思って」
「なっ!べ、べつに私がしたいとは言ってないでしょ!?してもいいよって許可してあげてるだけで!」
「そうだなあ。
は優しいなあ」
「ば…バカにしてぇ!!
もうしないっ!」
ちゅってする三秒前