佐疫もどうだい、とにこやかに酒の席に誘ってくる木舌、という見慣れた光景。その酒好きが起因してやんわり誘いを断られることが多い木舌に、今日は気前よく何人かが付き合っているようだった。夜の食堂の一角に、がやがやとちょっとした宴が催されていた。

「今ちょうど、明日非番のみんなで集まっていてね」
「ああ、なるほど。それにしても、結構みんな出来上がってるみたいだけど…」
「ははは。まあ、翌朝のことはあまり考えずに飲もうか、っていう話だから」
「うーん…確かに羽を伸ばすのはいいことかな。でも…ほどほどにね」
「もちろん」

 見れば、奥の席で斬島と谷裂の飲み比べ対決が繰り広げられていた。どちらが始めたものなのか分からないけど、多分、長期戦になりそうな。木舌のすぐ傍にも、すでに空になった一升瓶が何本も置いてある。木舌自身にちっとも酔いが回った様子はないけど。「じゃあ、少しだけお邪魔しようかな」と俺が席に着くと、木舌が機嫌良く空いていたグラスに酒を注いだ。
 そういえば、とあることに気付く。木舌の隣の席が空いている。というか、場所取りでもするように、何やら荷物が置いてあった。それについて何か直接尋ねるより早く、木舌が俺の視線に気づいて「ああ、これかい?」とその包みに手を伸ばす。

「多分もうすぐ来ると思うんだけど…ああ、来た来た。おーい、

 食堂に、水でも飲みに来たんだろうか。昼間のきちっとした制服とは違う、寝間着のがやってきた。機嫌の良い木舌の声と、俺たちの集まりの様子で何かをすぐに察したのか、ぐっ、と眉を寄せる。

もどうだい、一杯」
「……いらない」
も明日は非番だろう?今夜はみんなでのんびりお酒でも…」
「い、いらないったら!木舌にお酒付き合うとろくなことにならないもの」
「まあまあ、そう言わずに。が好きそうなものも用意したよ」

 ああ、「それ」か。ひとりでに納得して、木舌が包みから取り出した瓶のラベルを眺める。梅酒かな。視線をに戻すと、ちょっと心惹かれたのか、うっ、って決心が揺らぎそうな顔をしていた。もう一押しあればこちらに足が向きそうな、そんな予感。木舌が、「おいで」と言わんばかりに自分の隣の椅子を引いた。

「ここ何日か、仕事で頑張りすぎてるようだったからね。おれがに息抜きしてほしいんだ」
「……わ、わかったわよ!でも、せっかく用意したお酒がもったいないからちょっと付き合うってだけ!」

 どうやら木舌のその一言が、にとっての「もう一押し」だったらしい。は促された通りに木舌の隣に座り、木舌はにこにこしながら、のために用意したお酒を彼女の分のグラスに注ぐ。なみなみと。俺は二人のそんな様子にちょっと微笑ましくなって、くすっと小さく笑ってしまう。きっと俺たち以上に見てるんだろうな、木舌は、のこと。頑張ってるところも、頑張りすぎてしまってうまく息抜きができないところも。俺の笑った声に気付いてが、むっ、と視線を寄越した。なんでもないよ、とやんわり逃げておく。あまり納得のいってない様子でグラスに口をつけてひとくち飲んだあと、彼女の表情が変わった。びっくりしたような、でも、嬉しそうな。

「…おいしい」
「そう。気に入ってよかったよ」

 木舌の声がそう降ってきたことによって、ハッとして、ちょっと緩んだ表情を慌ててまた取り繕うとする。べつにそんなに気を張らなくたっていいのにな、という気持ちをこめて、「よかったね、」と俺が続いたら、これまた恥ずかしそうに視線をさまよわせた。誤魔化すように、グラスに口をつけて一気にあおる。

がそんなに気に入るならよっぽどおいしいんだね。おれも一杯飲もうかな」
「…木舌はお酒ならなんでも気に入るじゃない」
「ははは、否定はできないなあ」

 言いながら、木舌が自分のと、のグラスに注ぎ足した。同じお酒の入ったそれを眺めて心なしか嬉しそうなの手元へ、「じゃあ、乾杯」と木舌がグラスを傾け、ガラス同士を突き合わせる小さな音が鳴った。その流れでこちらにもグラスを傾けてきたので、俺も自分のものを手に取って、ふたりへ「お疲れ様」と言い合う。

「俺はまだ飲めるぞ。もう一杯だ!」
「木舌、まだ酒は残っているな」
「ははは、二人ともいい飲みっぷりだね。もちろん、もう一本開けようか」
「な…何してるのよあっちの二人は…」
「あはは…結構白熱してるみたいで。二人ともー、ほどほどにねー!」






 宴もたけなわ、という頃合い。いや本当にそろそろ飲み比べ対決の勝敗は置いておいて止めてあげようかな、という時。斬島と谷裂のテーブルに向かいながら、ちらりと横目で木舌とを見やる。あれから、木舌にすすめられたお酒をは機嫌良く飲んでいた。グラスが空になるたび木舌が「もう一杯?」と尋ねて、こくこくと頷く。その繰り返しが、何度か。…いや、何度も。確かによっぽど気に入ったんだな、とは思ったけど、途中から少し、雲行きがおかしかったというか。本当に大丈夫かな?と心配になったんだけど。

、水は要るかい?」
「だいじょーぶ…だ、って…いってるれしょ!もう!ばか!きのしたのばか!」
「はは、ごめんごめん。でもほら、水もおいしいと思うよ」
「……なら飲む」
「うん。はい、どうぞ」

 ああ、やっぱり。すっかりできあがってる様子のに、苦笑いする。もともと、俺たちの中では酒に強いほうじゃないんだけど。木舌に絡んでは、どうどうと宥められている。木舌もそんなの扱い方が上手い。いや、うーん、普段の様子と根本的には変わってないか。怒ったり拗ねたりしているときのの上手い宥め方は木舌が一番よく知ってる。

「結構飲んだね、。いつもはもうちょっと抑えてると思うんだけど…」
「……、…だって…」

 俺の呟きが聞こえたらしく、水をちびちび飲んでいたが、それまでと比べると少し落ち着いた様子で、だけど拗ねたような声で、ちいさく言った。ああいや、甘えるような声だったのかもしれない。

「……だって、おいしかったし、嬉しかった。木舌が、私にって、くれたの…」

 お酒が入るとすこし、素直になるらしい。のその言葉に、俺はまたすこし、わらってしまいそうになる。なるほど、そっか、そうだよね、って。当の木舌はというと、自分の横でそんなふうに可愛らしいことを言う彼女を、目を細めて見つめていた。ここにいるより誰より飲んでるはずなのに、やっぱり平気な顔色だけど。でも、を見つめるその眼差しには、その二人の間にしか生まれない、特別なものがあるってわかる。

「ごめん、私、やっぱり部屋に戻る……」
「ああ、うん。おやすみ、。もういい時間だし、みんな切り上げよう。ああほら斬島たちも!」
「く…勝負はついていないが…」
「もう… あ。ねえ、木舌…」

 ふらりと立ち上がるを見かねて、木舌に「部屋まで送ってあげたら」と声を掛けようとした。でも、俺がそう言うより先に、木舌が立ち上がる。少し足元が覚束ないままひとりで食堂を出て行こうとするに、いつも通りの声音で、「ああ、そっちじゃないよ」と声をかけて。え、とが木舌を見上げた直後、小さくてか弱い悲鳴があがる。

はこっち」

 あっという間に、彼女は木舌に抱きかかえられていた。木舌の腕の中で、状況についていけず混乱したような様子で固まっている。そんな彼女の肩をぐっと抱きながら、木舌が何か、彼女の耳元で囁いた。ここからじゃ聞き取れないけど、の顔色が酒のせいじゃなく、別の理由で真っ赤になっているのはちらりと見えた。ああ、なるほど。

「こっちは俺たちで片付けておくからいいよ、先に戻って」
「…ああ、ごめんよ。ありがとう」

 しっかりとの肩を抱いたまま、首だけで振り返って俺に微笑み、この部屋の外の暗がりに溶けていこうとする。の顔はよく見えないけど、他の誰かに見せてしまうのがもったいないくらいの、「かわいい顔」をしているんだろう。

「ほどほどにね、木舌」
「もちろんさ。おやすみ