今度の休日、空いてんだろ。ちょっと付き合え。ただそれだけの言葉。照れた様子も、甘い雰囲気も何もないけど、他でもない田噛からのその言葉。

「……それって、……デ、」

 デート、だよね?って聞きたかったけど、田噛は何にもなかったかのようにあくびして、すたすた歩いて行ってしまう。その場で固まって、いろいろと感情がぶくぶくぷしゅぷしゅ音を立てている私になんてお構いなしに。嬉しい、やら、驚きやら。だいたいデートの約束って私から取り付けるのばっかりだ。出かけんのめんどくせーな、みたいな顔毎回されるし。その、田噛が。あの、田噛が!
 私はハッと我に返り、ぱたぱた廊下を駆けて田噛の横に追いつく。どきどきそわそわ、その顔を覗くけど、わざとかっていうくらい目を合わせてくれない。スーン、ってしてる。そういえば私、まだ行くって返事してないけど!(しなくてももう決定事項になってるっぽいけど!)

「ど、どっか行くの? 買い物とか? その日なんかあるの?」
「どこでもいいだろ。ついてくりゃわかる」
「でもほら、どういうかんじの場所? ヒントない? あっ、めっちゃ歩いたりする? 何着てったほうがいい? スカートでいいやつ?」
「あー……」
「……」
「……任せる」
「ねえ今考えるのめんどくさくなったでしょ! ねえ!」

 ひどい。こっちは楽しみで、どきどきで、もう気が気じゃないのに! もうちょっとなにか、こう、ないものか。私だけこんなに盛り上がっちゃってるじゃないか。むう、と口を尖らせて、拗ねる。もしかして私が恥ずかしい勘違いをしているだけなんだろうか。全然、デートとかじゃないのか。ただちょっと手伝ってほしいこととか、些細なお誘いなのかも。浮かれちゃって、ばかみたいじゃん。

「……デートかと思ったのに」
「は? デートだろ」
「……、……ず、っるいな!?」









「今日、良い天気でよかったね」
「は、はい。そうですね!」

 ちょっとぎくしゃくした私の様子に、佐疫さんがくすっと笑って顔を覗き込んだ。「何も緊張することないのに」って。佐疫さんからの提案で、前々から計画していたおでかけ。館で会うのとは違う、なんというか、完全にプライベートな時間、というか。そんなシチュエーションで彼と二人で過ごすのが、嬉しいのにちょっと落ち着かない。目を合わせるのが恥ずかしくて、俯き気味に、何度もそわそわと髪を耳に掛ける。ああ、だって、いつもち少し雰囲気が違って見えて。私のお出かけ用の服、変じゃないかな、佐疫さんの隣に並んで歩いてもいいのかな、なんて。心臓が落ち着かない。

「……って、俺もひとのこと言えないか」
「えっ?」
「俺も、ちょっと緊張してるかな。今日の君、可愛くって。どきどきしてるのかも」

 その言葉に、唇を噛みしめる。顔から火が出そう、というのはこういうことなのね。佐疫さんがちょっと恥ずかしそうに、頬を掻いて笑う。不思議だね、いつも会ってるのに、って。私もこくこく頷いた。デート、って、すごいな。いつもと違う場所に、二人で歩いてるってだけで、こんなにときめくの、すごいな。いい天気で、風だってきもちよくって。見える風景ぜんぶきらきらしちゃって、ふしぎ。

「あ、ねえ、せっかくだから……手を繋いでもいい?」

 心臓が、きゅうっと縮こまる。直後、うるさく駆け足になるその鼓動。はい、と返事をしたつもりが消え入りそうな小さい声になってしまって、でも言葉と一緒に、彼の手にちょん、と指先で触れた。それを返事と受け取って、佐疫さんが笑う。指が絡めとられる。

「館の中じゃ、あんまりこういうことする機会ないよね。ただ手を繋いで、並んで歩くってだけで、ちょっと新鮮な気持ち」
「はい……なんだか、初めての気持ちがいっぱいで、その」
「ふふ。今日は二人ともきっとたくさんあるよ、『初めて』が。どきどきする?」
「し、しあわせ、です!」

 ぱっと佐疫さんの顔を見上げて、そう言った。心からの気持ち。それを聞いた彼が、ちょっとびっくりしたような顔をして、だけどすぐに柔らかい表情になって、それから、それから、顔が、ちかづいた。

「……外でキスするのも、初めてだね」










「平腹、口についてるよ」
「んあ?」

 一個目のホットドッグをぺろりと食べてから、二個目に齧りつこうと口を大きく開けた状態で、一時停止する。そんな平腹に笑いながら、自分の口の端をちょんちょんつついて、「ここらへん」って教える。たっぷりのケチャップがかけられたそれは、なかなかお上品に食べるのが難しい。私が口の端っこを指しているのを見て、平腹がべろりと舌を自分の口の端まで伸ばして舐めとった。

「うめー! おまえ一個で足りんの?」
「んー、たぶん足りる」
「まじかー、すげーな! つーかさ、次! この後どこ行く?」
「どーしよっかねえ。とりあえずご飯食べながら決めようってホットドッグ買っちゃったけど」
「お? なあなあ、おまえも!」

 ついてる、って平腹がちょんちょん口の端を指さす。まじか、って慌てて指でなぞり取って、その赤色を紙ナプキンで拭おうとしたところ、その手首を掴まれた。そのまま引っ張られて、私の指を平腹が舐める。舌が熱い。

「舐めた方がよくね? ケチャップもったいねーじゃん!」
「……喰われるかと思ったぁ」










「……えっ? な、なに?」
「おや。おひとつどうぞ、って? くれるみたいだよ。貰ったら?」

 子供たちに風船を配っていたおどけた格好の大道芸人が、私と目が合ってずいっとそれを差し出してくる。木舌は他人事みたいに横でにこにこしてるけど、こんな、子供たちしか喜んでないようなものを人前で素直に受け取るのが恥ずかしいってわからないのかしら。

「私は、べつに……いいったら! 遠慮しておく!」
「ははは、そうかい? じゃあ、代わりにおれが貰ってもいいかな」

 エッ、とびっくりする私なんてお構いなしに、木舌がその人物ににっこり笑った。すると相手は「おお!」と何か納得して嬉しそうに、いそいそと別の風船を選び始める。次に差し出されたとき、二本の糸が絡まったまま、風船は二つになっていた。もう一回エッ、ってなる私に構わず、木舌はお礼を言って受け取った。じゃあ行こうかって歩き出す。風船、持ったまま。

「は、恥ずかしくないの? これ、ハートの形よ? か…かわいいのよ?」
「ん? 恥ずかしくはないけど……でも、そうだなあ。一つ貰ってくれたら助かるよ」
「……ば、ばかね、要らないなら要らないって言ったらよかったのに! 一つ貸して!」

 どうぞ、と差し出された細い糸を掴む。糸の先を見上げて、ちょっと、気持ちまでもがきゅんと上を向く。部屋に、持って帰っても、いいかな。なんてそわそわしていると、木舌に名前を呼ばれる。「かわいいね」って。確かに可愛い風船だったから、私も思わず「そうね」って返した。視線を木舌に向けて、今度は私から木舌を呼んだ。木舌、あのね、「……ありがと」ほんとはちょっと欲しかった。









「ふっふふー、今日は楽しかったな~!」
「……ふん。今日怠けた分を明日に引き摺るなよ。明日からはまた気持ちを切り替えて任務と鍛練に、」
「あーんもう! わかってるわかってる! そこは『俺も楽しかったよ』だろ~谷裂ィ」

 む、と眉間にシワが寄る谷裂を肘でぐりぐりつつく。今日一日のデート中、よく見た表情だ。「これでいいのか?」「こんなことが楽しいのか?」みたいな場面に遭遇するたび、谷裂がしてた表情。世間でいう「恋人同士」ってやつは、案外ちっちゃいことで簡単に嬉しくなったり楽しくなったりするものだ。ただ、一日一緒に、二人で過ごすだけでいい。単純なもの。
 だというのに、谷裂はさあ。「今日怠けた分」だなんて。今日のデートが、恋人と一日丸まる遊ぶことが、まるで人生の中の「サボり」みたいに言うなんて。いやまあ真面目な谷裂だから、休みの日だって鍛練鍛練なやつだから、さぼって遊んだよーな気分になっても無理はないのかもしれないけど。その、普段の谷裂だったらありえない貴重な「サボり」が、私のためだから、うれしいけど。嫌々私と出かけたの? なんて、尋ねる必要も無い。だって、だってねえ、

「谷裂から誘ってくれるのなんて、珍しいもんね。もう二度とないかも!」
「……、……やかましい。気の迷いだ」
「気の迷いなの!? ……ふふ、まあいいや!気の迷いでも!二度となくても!」
「……」
「ありがとうね。頑張って誘ってくれて。わかってるよ。次は私から誘うね!」

 谷裂のことだから、誘い文句ひとつ考えるのだって、抵抗あって、大変だったのわかるよ。だって、好きな人のことだもん、わかるよ。それでも、誘ってくれてありがとうね。幸せな気持ちにしてくれてありがとうね。にへらっと笑って谷裂を見る。目を逸らされた。ああ照れてるな、可愛いな、まだ帰りたくないなって言ったら、どんな顔するかな。









「ねえ、斬島! 明日晴れたら、どこかへ出かけない?」

 廊下で、その背中に後ろから飛びついて、弾んだ声で言った。特に驚く様子もなく、首だけで振り返って斬島が私を見る。斬島が気配に鈍いわけがないので、多分、最初から私だってわかってた。わかってて、避けずに、抱き着かれてくれている。

「構わないが、どこへ行くんだ?」
「んー……内緒! じゃなくて決めてない! どこでもいいや!」

 そうか、って相槌打って、ちょっと考え込むように視線を落とす。私はその間にも斬島の腰に抱き着いて、うりうりと頭を押し付けた。

「明日の天気は良いんだろうか」
「んー、どうだろ。良いと嬉しいねえ」
「……天気が悪いと、行けない場所か?」

 斬島が、大真面目にそういった。私は抱き着いたままきょとん、と斬島の顔を見る。誘いはしたけど、行きたい場所なんて、やっぱり決まってないし、やっぱり、どこだっていいもので。それなら、天気だって、どうにだってなるもので。私は笑いだす。まだ明日になってない内から、明日が幸せな日であることがこんなにも約束されている。

「ううん、天気悪くても大丈夫! 斬島と一緒なら、楽しい場所」
「そうか。それは、明日が楽しみだな」