「わあ、満開!すっごくいいタイミングでお花見できたね!」

 春の風にあそばれた髪を耳に掛けて、彼女は咲き誇る桜の花を見上げていた。そして自分を誘ってきた人物を振り返って、少し悪戯っぽく笑う。

「でも、びっくりした。平腹、花より団子!って感じじゃない?今日になっていきなり、桜見に行こうなんて言い出すんだもん。どうしたの?」
「んー……わっかんね!けどいいじゃん。お前行きたがってたじゃん?」
「えぇ?私平腹に言ったかなあ」
「言った!」
「あはは、じゃあ言ったのかも。覚えててくれてありがとう」

 きれいだね、すてきだね。呪文のように繰り返す。それを隣で聞きながら、平腹は桜ではなく彼女の横顔を眺めていた。

「桜、こんなに綺麗なのに短い期間ですぐ散っちゃうの寂しいよね」
「……なー」
「人間はね、そういう儚い感じを人生に重ねるらしいよ。死なない私達には分かんない感覚だけどさ、ちょっぴり羨ましいなあ。『死』のある生き物だからわかる綺麗さとか、あるのかなぁ。『死』がある生き物だったら、この桜がもっときれいに見えたのかなぁ。私も、おんなじふうに見てみたいなぁ」

 いつの間にか、手が触れて、平腹に強く握られていた。驚いてその顔を見上げる。目が合う。「生きて、」

「死なねーで見る桜のほうが、いいに決まってる」

 薄く唇を開いたまま、しばらく言葉をなくした。すこしの沈黙のあと、彼女は笑う。困ったように、言った。「平腹のそんな顔、はじめて見たよ」離すものかとでも言うように強く握られていた手を、彼女もぎゅっと握り返す。平腹の顔を覗き込むようにして、笑う。安心させるように、笑ってみせる。

「大丈夫だよ。私はどこにもいかないよ。ずっと一緒だよ。だから大丈夫。ね、泣かないで、平腹」